この三日間のことを、取敢えずはまとめて報告です
2日は、河川清掃から始まりました
佐賀市は、合併する以前から「市民いっせい河川清掃」を
春と秋の2回行って来ています
市民自らの手で、佐賀の河川をきれいにしようとする運動です
一部には、反対する方々もいますが
市民力を高め、自分のまちを自分で見守ると言った行動は
これからのまち作りには欠かせないことだと思います
私の守備範囲は、動力草刈り釜で、川の中の芦や背丈のある雑草を
斬り倒すことです
思いっきり回転数を上げて2時間奮闘しました
おかげで、右腕と左腰はいまだに悲鳴を上げています
これまでは芦が幅を利かせていましたが
今年はこれまで見たこともない雑木がはえていて往生しました
県庁や県警からも多くの方が応援に来て頂き
思ったよりも早く仕上げることが出来ました
同じ時間には、車椅子バスケットボール大会の開会式もあっていましたが
それは、新しいスタッフにお願いしてきましたが
何とか午後1時前には、諸富のハートフル体育館につきました
車椅子バスケットボールは2日3日の二日間の開催で
遠くは、神戸、広島、沖縄からも参戦してくれました
また、多くの団体や個人の方々の応援もあり
二日間無事に競技を進めることが出来ました
私は完全にバックヤードで裏方作業
若い方々の頑張りをサポートする立場に回りました
この二日間は、身体を使った作業だったので
それなりに疲労は残りましたが、頭の中から雑念が消えて
リフレッシュをさせていただきました
さて、今日ですが
始まりは議会基本条例報告書作成会議からです
次の議会だよりに、5月に行った議会報告会の結果を掲載するために
数名の議員で編集会議を行い、大まかな形を作り上げました
まだ、あと少し作業が残っていますが
それは私の守備範囲で、この一週間の間に作り上げますが
今回の一連の作業を通して、これからの形が見えてきました
来年度にも開催出来れば、大いに参考にできると思います
午後からは、葬式後の一連の作業です
父の除籍謄本が出来上がっている・・はずなので
吉野ケ里町役場東脊振支所に出向き
両親の戸籍謄本と、私の戸籍抄本を必要枚数取りましたが
結構な絵料金になりました
農協関係の手続きと、郵便局関係の手続きをあらかた済ませましたが
あと数回は東脊振に出向く必要がありそうです
その時に、支所の職員の方がわざわざ出てきて頂き
父との思い出話をしてくださいました
時折涙ぐみながら、父のことを熱く語って頂き
私も本当にうれしくなりました
「父は多くの方々と一緒に生きてきて、幸せだったのだな」と感じました
私が読んだ「50年後の村長さんへ」は思わぬ反響を呼んだみたいで
本当なら村政100年記念塔を開けるときに読むべきものを
オープンにしてしまったので、父はあの世で怒っていると思いますが
「50年後は生きていないかもしれないので、聞いてよかった」と
言って頂き、「良かったのかな」と自己満足です
そのメッセージを貼り付けて、今日のブログを終わります
2039年の村長さんへ・・をダウンロード