妻と娘を伴って、両親のお見舞いに行ってきました
その前に、義父のところにも妻と娘はお土産を持って行き
しばらく話をしをしていましたが
私はどうも疲れが取れずに、車で仮眠を取っていました
天気のせいもあるかもせれませんが、身体がいまいちシャキッとしません
さて両親ですが
父は発熱があったとかで、点滴を受けていました
寝たきりなのは何時ものことですが
前回も今回も、「危ないのかな」と思わせる雰囲気がありましたが
手を握ると、しっかりと握り返してくれます
また、娘が語りかけると、その顔を追うように眼が動いています
途中で母と話すために「ちょっと行ってくる」というと
心なしか、うなずいたようにも感じました
身体が衰弱しているのは確かですが、心は生きています
一方、母ですが
今日は何か哲学的な発言が続きました
「福島の家のしきたりから解き放たれなさい」
「長い間かかったけれど、問題は残っていないのか」
「先祖のことを思い煩っているより、自分のことをしっかりとしなさい」
「もう、全てを終りにしたい」
最近夢の中に、誰とは判らないが先祖が出てきて
いろいろと母に話しかけるそうです
その中で、その先祖が
自分たちに関わることにわずわされることはない、もう自由にしなさい・・と
母に語りかけるそうです
また、母が終りにしたいと言っているのは
「命」のことではなく「何かの思い」を断ち切ることのようだと感じたのですが
妻や娘は、その言葉を心配していました
「生きる」力を無くしたら、本当に終りになります
ただ、非常に複雑な思いがしたのは
両親の生きることが、両親にとってはどんな意味があるのだろうかと
私たち家族にとっても・・・
どの時点で「もういいよ」と言う時はあり得ませんが
「生きる」ことの重さを感じてしまいます
