佐賀のために! Do! SAGA 佐賀市議会議員・福島龍一

 
龍一が語る
 

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思い起こせば

ワールドカップ・サッカーを見ながら
ふっと思いだしました
ちびまる子が20周年ということを聞きながら
そうだったんだと、思い起こしました

20年前の今頃、私は入院していました
まさにワールドカップサッカーを
東西ドイツが統一され、ベルリンの壁が壊された映像を
病室のテレビで観戦していました

病名は結核性胸膜炎(非伝染型)
発病は5月30日か31日の夜のことでした
当時は生コン関連の仕事をしていて
大きな現場を終えた後、会社の先輩と白山で飲んでいるときに
胸の痛みを覚えて発病しました

その夜に近くの病院で診察を受けましたが
原因が特定できず、レントゲンも異常なし
痛みで一晩苦しんで、翌朝再び検査したところ
レントゲンの結果胸は真っ白、当時の佐賀医大に緊急入院でした

40度を超す熱にうなされて5日目
担当医からインフォームドコンセントを受け
「いろんな可能性を考えて、抗生物質などを投与したが
 改善の兆しがない。残る可能性は、ガンか結核です」と

正直、泣きました
「明日から、結核の薬を投与します」ということで
ストマイとりファンプシンが投与されたところ
熱は嘘のように下がり、「結核性胸膜炎」と診断されました
「肺の外側なので、人に感染することはありません」
それで、一般病棟で治療を続けました

そして、佐賀医大から藤川病院に転院したのが
ちょうど今頃ではなかったかと思います
9月に入る頃まで入院していました
その入院が私の人生の大きな転換期となったことは
間違いのないところです


2010年06月

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