佐賀のために! Do! SAGA 佐賀市議会議員・福島龍一

 
龍一が語る
 

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2010年05月アーカイブ

リバウンド阻止

今月をリバウンド阻止月間と命名して
今年に入ってから、ジリジリと増え続けている体重に
ストップをかけようと思います
選挙後には69キロだった体重が、72キロを超えました

持っている洋服を全て、70キロ前後の時に補正しましたので
兎に角、確実に2キロの減量をしなければなりません

抗がん剤を止めた妻の調子も良く(ガンが治ったわけではありませんが)
自宅で食事をするときには、美味しい夕食を作ってくれますし
外食の時も、家に帰ると、残ったおかずが私を呼びます
妻の食事は美味しいので、ついつい食べてしまいます

この状況の下で、体重を減らすにはどうしたら良いのか

朝夕の散歩は、今でも欠かさずに行っていますので
別の運動を多少増やすことも感がえていますが
おそらく三日坊主になるでしょう

となると、手っ取り早いのは禁酒です
禁酒をすると、それに伴うおかずもいりませんので
効果は抜群です

何とか一カ月で2キロを減らしたものです

国を壊すもの

世紀末思想は2000年に世界を席巻しましたが
まあ、これと言った混乱もなく終焉したかのように見えますが
2000年というものの見方は、キリスト教をベースとした
取敢えずは、世界基基準となっている考え方でしかありません

これは、BC(紀元前)、AC(紀元後)が
キリスト誕生に由来していることで証明されています
しかし、世界各国には、それぞれの宗教にしたがった
その国独自の暦が存在していました

日本では、1872年(明治5年)に神武天皇即位を紀元とする
皇紀と言う暦の読み方もあります(是非論は別です)
(西暦に660年を加えると皇紀となります)

余談ですが、旧日本軍の型式に使われている数字は
皇紀から来ています
ゼロ戦は皇紀2600年に制式化されてことからそう呼ばれています

暦にはイスラム暦、ユダヤ暦などの暦がありますが
その時の治世者によっても暦は事なってきた経緯もあります
また、宗教と言う観点からみると、もっと多様な終末思想が
それぞれの宗教によって語られていることもあります

また、映画の世界でも、地球崩壊やそれに類するものも多くあります

まあ、そこまで地球規模の話ではないのですが
国家存亡というものは、それとは関係なく繰り返されています
世界のあらゆるところで、歴史に刻み込まれています

そして今、日本と言う国が危ない
青息吐息で政権の座を追われた自由民主党と
政権を取ったものの、独裁院政を引いている民主党
壊し屋と異名をとる小沢に、この国を守ろうとする気持ちがあるのか

自民党よりも物が言えない、恐怖政治を敷いている民主党
野党時代と比べて、行っている事とやっている事とが
ここまで乖離してしまうと、誰が予測したのか
今、日本が危ない

視察報告書

4月に視察に行った、嬉野市、長野県、多摩市での
視察報告書をアップしました
PDFファイルにしてありますので
アクロバットリーダーがない方は、ダウンロードしてください

視察報告書・多摩市

視察報告書・長野県

視察報告書・嬉野市

憲法を考える

昨日の憲法記念日に、いろんなイベントが実施されていますが
やはり話題にすべきは、憲法論争
護憲、改憲でそれぞれの立場で意見が出されていますが
護憲と言う発想は、そもそも論点になりえない話だと思います

そもそも日本国憲法の第9章には改正に関わる規定があり
第96条に憲法改正の手続き、その公布が規定されている以上
改憲と言う事は想定されている事であり
国勢情況や国内事情の変化に伴って、変えて行く事は必要なことです

そもそも、戦後の混乱期にアメリカによって作られ
それも英語で作成された憲法草案を
多少は日本的に書き換えた所があるにせよ
押し付けられた憲法である事は間違いのないところ

その当時には、憲法制定反対を声高に叫んだグループが
今は護憲と叫んでいる事にも違和感を感じているのですが
ただただ、第9条にこだわって、ただただ第9条を守ろうとすることで
護憲と言っている事は、改憲の思想を理解していない行為だと思います

改憲することが、第9条を廃棄する事にはつながりませんが
米軍基地を国内から排除するとした場合
日本自身が日本を守ろうとする意思が確定すれば
第9条の改定も止むなしと考えるべきです

また、全ての法規範の最上位に位置しているのが憲法ですから
国内のあらゆる政策にも、基本的な哲学としても関与するわけです
そうであれば、戦後の情勢と、現在とでは大きく異なるわけですから
これから先に、憲法改正論はあってしかるべき論点だと思います

護憲を言い張って、物事の本質を見誤らないようにしてほしいものです
こう言ったところから

「改革は、革新と呼ばれるグループには出来ない」
「改革は、革新的な感覚を持つ保守でないと実行できない」
と言わせる所以ですね

鳩は飛ばず

沖縄での鳩山氏の発言は何なんだ!!
鳩山氏を支援した方々に問いたい

党の代表としての発言であって、党の公約ではない

じゃあ、党の代表は何を言っても約束にはならないのか
無責任この上ない、一国の舵取りを任せる事は断じて出来ない
沖縄県民の気持ちをもてあそび
徳之島の島民の気持ちも踏みにじり
その責任は、党首辞任ではなく政治家失格としか言えない

民主党の方々に問いたい
あなた方は、このまま鳩山体制・・小沢院政で恥じないのですか
政権交代の代償がこの様な結果で満足しているのですか

社民党代表の「国外案」がそもそも無理な事は判っていたはず
政権与党として組むために、詭弁で持って社民党をも欺き
(もっとも欺かれた方にも問題はありますが)
結局は、元の木阿弥に戻ってしまった今
最後の責任を取ってほしいものです

もう、鳩は飛べない

母の記憶

遂に、来るべき時が来ました
母の記憶の中から私が消え始めました
もしかしたら、もう消えているのかもしれません

今日は、妻と娘を伴って父と母と義父の三者参り
回った順番とは別ですが
義父はすこぶる元気だと言うことです(私は運転疲れで車中仮眠してました)
父は風邪をひいたとかで隔離中で面接出来ずでした

母の施設はエレベーターで上がるのですが
エレベーターを出た時に、丁度正面に母がいました
何時もなら私を見ると笑顔が出る母ですが
この日は、知り合いだとは判っているが誰jか判らない
そんな顔でした

私の事を、昨年亡くなった、直ぐ下の弟と思っているらしく
「まあちゃん」(正喜叔父)と私を呼びました
「龍一」と言う名には「心当たりがない」といことで
「結婚した事もないので、子どもはいない」という返事でした

とうとう最後まで、私の名前はもちろん
私の存在さえも思い出してもらえませんでした

その兆候は、一週間前にありました
二日続けて会いに行った時の事

「私がここにいる事に良く気づいたね、探してくれてありがとう」
と言う、言葉を私に投げかけてくれましたが
その言葉は、父が私を認知しなくなる直前に言った言葉と同じで
何処となく、不安を感じていたのですが
ついに来る時が来ました

これから、物言わぬ寝たきりの父と
身体は、まだ何とか元気ながら、認知が進んできた母と
二人の残りの人生を見つめながら行かねばならないかと思うと

今夜は、飲まずには居られませんでした

母と父

今日、母を病院に入れました
どうしようもない選択、それは言い訳かもしれませんが
あの日、心に棲まわせた鬼がそうさせたのかもしれません
すまない・・という気持ちで病院を後にしました

後で話を聞いたのですが
ここのところ、母の言動に「暴力」が伴うようになったり
徘徊や記憶障害が一気に進んで、部屋を間違えるようになったようです

今日も、私に対する認識は基本は母の弟であり
「龍」と言う名前を出すと、「あんた」と言いますが
次の瞬間には、弟に戻っています
但し、「龍」は息子ではなく、やはり弟の一人のようです

昨日からの熱と腹痛の治療のために
まずは点滴を受けてから、今日の行動が始まりました

11時過ぎに母を迎えに行って
福島家のお寺である、西往寺にお参りです
房守さんとお話をさせていただきました

昼食は母が好きだった「百年庵」に行きましたが
「このお店には初めて来た」としきりに感心した様子
好きだったそばを注文しましたが
これはしっかりと完食していました

次に大和町にある常立寺(母の実家のお寺)にも立ち寄り
その足で、父も入院している病院に向かいました
2時について、全ての手続き等が終わったのは
午後4時30分を回っていました

治療がうまくいって、元の施設に戻れたとしても
おそらくは、同じようなことが繰り返されると思います
また、今までの施設では、そう言ったことに対応できないので
安心して託すこともできません

結論を出す時は、もうすぐです
もう一匹、鬼を棲まわせなければならないようです

ツイッター効果

最近はやりのツイッター
賛否両論、なにやかやと物議もかもしていますが
私もツイッターにはまり込んでいる一人です

11年前、ホームページを始めた頃
佐賀市議会議員では本田、千綿、亀井の3議員と私だけでしたので
この4人の日記については、毎日毎日チェックを受け
(今でも議員ブログのチェックは続いているようですが)
よく議長室に呼びつけられて「ご注意」を受けたものでした

また、情報発信の是非についても
細かく「ご指導」があっていたのですが
本会議がテレビやインターネットで配信されるようになると
議会内部の発信については、お小言がなくなりました

ましてや、ツイッターになるとリアルタイムでの発信なので
規制する間もなく、発信者責任でのことなので
情報開示を目指している者としては、有効なツールです

ツイッターするのを目的としているマニアも
それはそれで、趣味として楽しまれればいいでしょうし
誰かに、何処かに「叫び」たい方も、匿名でいいので
心の中の、悲しみや、苦しみや、喜びを叫んでいいでしょう

ブログやツイッターが、テレビやマスメディアと大きく異なるのは
一方的に、押しつけがましく情報を流すのではなく
発信側は、まずは自分が言いたい事を発信しますが
受け手側がそれを選択して受診できるところにあります

そう言った中から、同じような趣味や悩みや考え方の方が
自然と集まって来て仲間となる
顔も名前も知らない者同士が、心を通わせる
そう言った楽しみがここにはあります

昨日、母の介護について書き込みをしましたら
同じような悩みを持つ方のアクセスが一気に増え
「一人じゃないんだ」と心を強くしたり
逆に私がアドバイスしたりと、双方向の情報交換もできます

メールとブログの中間的な存在として
私はツイッターをお薦めします

自民党政経セミナー

自由民主党佐賀県連主催の政経セミナーが開催されました

党本部からの来賓は、
自由民主党総裁 谷垣禎一氏
組織運動本部長 石原伸晃氏
衆議院議員    近藤三津枝氏の3人

マリトピアでの政経セミナーに先立って
この3名の議員による、中心市街地視察が行われました
私は、中心地選出の議員と言うことで、先導役を受け
概ね1時間佐賀の街を歩きました

エスプラッツの南側に集合しましたが
一行が到着する30分ほど前から、警備担当者や
多くの報道陣が一行を待受けます
また、街づくりユマニテから香月理事長と金子氏が
説明者として参加してくれました

その他、エスプラッツや街の関係者の方々
さらには佐賀市長も参加しての行脚となりました

コースは、エスプラッツからアスタラビスタの中を抜け
白山名店街、県庁通り、佐賀玉屋と
概ね1時間を歩きましたが
本当に多くの方々に応援の声援を頂きました

同行者には
自民党佐賀県連会長の福岡たかまろ氏
衆議院議員 今村氏、市議会議員亀井氏、永渕氏
そしてこの企画の責任者である岩田和親県議会議員も
一緒に同行しました

途中、北島丸ぼう露では、試食して購入した頂きましたが
谷垣総裁の奥様が鳥栖の関係者と言うことで
よくご存知でした

また、県庁通りの岩瀬氷屋さんでは
佐賀県産米のおにぎりを、有明海苔で包み
佐賀の塩、佐賀の漬物を振舞って頂き
佐賀玉屋では佐賀物産の試食もして頂きました

マリトピアでの模様はテレビや新聞で紹介があると思いますので
私は街行脚に絞らせてもらいました
ただ、案内人だったので写真が撮れませんでした

法的手続き

「医療保護入院」と言う言葉をご存知ですか

精神保健福祉法(医療保護入院)
第33条
 精神病院の管理者は、指定医による診察の結果、精神障害者であり、
かつ、医療及び保護のため入院の必要があると認めた物につき、
保護者の同意がある時は、本人の同意がなくても
その者を入院させることができる。

私の両親の入院がそれに当たります

この場合、夫婦のいずれか一方に判断能力がある場合は
一方の配偶者が、入院する(認知障害のある)一方の保護者となります
この場合は、夫婦であることを証明するだけでなので
手続きは簡単です

しかし、今回の入院のように
既に父が医療保護入院になっている状態で
引続き母が同じく医療保護入院となると
子どもである私が保護者になる必要があります

この場合には、面倒な手続きが求められます

流れとすると、
① 入院患者の戸籍謄本
② 保護者の戸籍謄本
③ 保護者の住民票
④ 保護者の身分証明書(市町村発行)
⑤ 保護者と入院患者との関係が判る戸籍謄本(原戸籍)
まずこれだけの書類が必要です

次に法務局あてに
⑥ 登記されていないことの証明申請書(入院患者分)
⑦ 登記されていないことの証明申請書(保護者分)
これを作成して、原戸籍を持って申請します 800円の登記印紙

法務局で証明をもらった後で、家庭裁判所に出向き
⑧ 保護者選任申立書(収入印紙1600円)
⑨ 承諾書

これまでに揃えた書類
⑥ 登記されていないことの証明申請書(入院患者分)
⑦ 登記されていないことの証明申請書(保護者分)
① 入院患者の戸籍謄本
② 保護者の戸籍謄本
③ 保護者の住民票
④ 保護者の身分証明書(市町村発行)
⑤ 保護者と入院患者との関係が判る戸籍謄本(原戸籍)

これで、何を証明するのかと言うと
法務局では、入院患者も私も
成年被後見人、被保佐人、被補助人、任意後見契約の本人とする記録がないこと

家庭裁判所では
法廷の保護者はいるが、その者が次に当たり保護者となれない
(7) 配偶者が医療保護入院のため、保護者の任務を行うことが出来ないこと

これだけの証明を取らないと、私が保護者になれない・・と言うことです
しかも、父と母の二人分・・料金も手間も2倍かかります

特別委員会と

昨日は、忙しさの中での充実感を味わっていました

時系列的な報告をすれば
吉野ヶ里町東脊振支所に戸籍謄本類の申請
ついでに固定資産税の納入

とんぼ返りで、観光振興調査特別委員会
委員会終了後に資産公開の資料を作成
ここでも固定資産税の納入と住民票の申請
昼食後、法務局で証明書の発行申請

そして鳥栖市へ
鳥栖市の教育委員会部長(幼馴染)と面談
テーマは中学校給食・・いろんな事が判りました
終了後、佐賀家庭裁判所に書類提出
と、この様な時間の流れでした

そして、夜は消防団の4月の出動記録の整理です
出動した内容を報告しないと、出動手当が出ませんので
各部からの種類が揃ったところで
最終書類を作ります

と、まあこの様な流れでした

で、疑問に思ったことが一つあります
吉野ヶ里町では実家の固定資産善を払って
佐賀市では私の家の固定資産税を払ったのですが
同じ納付書ですが、吉野ヶ里町の方が進んでいます

単純な比較ですが、コンビニ納付のバーコードが
一括納付に関して、佐賀市には着いていませんので
佐賀市で一括納付をコンビニしようとすれば
分割納付4枚の紙を持って行かねばなりません
不便です

佐賀市の場合は、一括納付の割引もあっていませんので
それならば、最初から一括納付の紙は
入れなければ、経費も安くなるので
もう少し真剣に検討をしてもらわなけれななりません

特別委員会と中学校給食の話は、またあとでします

バラのお世話

谷亮子さんは、母と柔道と国会議員を全て全うすると言っていますが
そのどれをとっても、一つとして手を抜けない
もし抜くとしたら、柔道の現役を引退するか
参議院議員選挙で落選か辞退するしかないと思うのですが
そこまで、国会議員の仕事を甘く見ているのでしょうかね

もしそうなら、この日本と言う国は末期的な症状であり
それを画策した小沢氏は亡国の輩ということになります

さて、今日は消防団中央分団本部長の仕事から始まりました
4月の活動報告を副分団長に報告した後
作成した書類を分団長に届けるまでが仕事です

その後は、中の小路自治会副会長の仕事で
自治会内の準世帯に町内会費の集金に回ります
概ね半日仕事ですが、アパートや企業によっては
地区外に事務所があるケースもありますので、意外と時間はかかります

午後からは、校区内の某自治会長さんとの懇談
自治会長さんが持っておられる、市政に対するご意見を拝聴
直ぐにお答えできることは解決しましたが
幾つかの課題を残していますので、執行部に質問に行きます

話合が終わった頃に、フォークダンスの練習があっていましたので
10分程度ですが一緒に踊りました
これでも、高校時代はフォークダンスの鬼と言われたこともありますので
それなりにごまかしながら踊ることは出来ます

再び、消防団本部長に戻って、市消防防災課に書類を届けた後
ちょっとしたことで、ちょっとした話し合いになりましたが
何事も「ほうれんそう」が大切だと言うことです
報告、連絡、相談、打合せ・・の頭文字で「ほうれんそう」

そして、ナフコに出かけて園芸コーナーから
支柱になるポール等を買いそろえて
自宅のバラの為に、自己流の家庭園芸でした

そして、今夜は勧興校区子ども会連合会総会です
体育協会会長は子ども会顧問なので
出席しなければなりません
その後に、2週間ぶりに夜の街に出ます

視察対応

山形県寒河江市から5名の議員さんが
議会基本条例の視察に、佐賀を訪問されました
私がこの種の視察に対応するのは、今回で4回目です
佐賀市議会側も5名の議員で対応させていただきました

私たちも、この種の視察を始めて行った時には
執行部ではなく議員もしくは議会事務局が対応されて
今では、当たり前に感じるのですが、最初は戸惑ったものです
寒河江市の方々は今回が初めてだったようです

さらに、今までは当初の説明は
委員長や副委員長が同席すれば彼らがしていたのですが
今日は、彼らの出席が予定されていませんでしたので
私が説明を致しましたが、よい経験をしました

視察は概ね1時間30分
これは、何処の視察に行っても同じような時間で
暗黙の了解のようなものです
その後、駅北口の「おおしま」で昼食を取られてから
山形にお帰りになりました

午後からは、某商店街のお店にお伺いして
街の問題について話し合いましたが
既に、商店街同士の連携と言うものの限界や
補助金漬けにされたイベントに対する問題点などを掘り下げました

「何とかしようとする」頑張る方々だけで「何かをしよう」という
補助金を頼りにするのではなく、自分達で出来る背丈で
何とかやってみようとする方々との連携は楽しいものがあります

別のグループとお話をした時には
「行政が悪い」「議会が悪い」と外部批判に終始し
「自分たちが何をするのか」といった事には言及が無く
何となく嫌な思いしか残らなかった事を思い出しました

おまけ
B型肝炎訴訟で国がお金がないと言っていますが
事業仕分けもうまくいかない中で、借金だけを膨らませて
批判タラタラのお金の使い方をしていて
それはないでしょう

議会報告会

佐賀市議会議会基本条例に基づく
議会報告会と市民との意見交換会が先週から始まっています
今日、15日は全16会場のうち8会場が実施されます
私も、三瀬村公民館と東与賀農村環境改善センターで行います

三瀬村公民館は午後2時から
東与賀農村改善環境センターは午後7時からの開催ですが
興味のある方は、会場に関係なくご参加ください
なお、会場と時間のご案内は「情報発信」の中に
PDFファイルで掲載しています

この議会報告会は
市長は「市長と語る会」で市民に向けた報告をしていますが
議員は、個人としてはいろんな手段で発信していますが
議会としての、組織としての発信がほとんどありませんので
議会としての報告会と言う位置づけで開催することになりました

ですから、議員個人への質問や
行政(執行部)に対する陳情や要望は受けないことになっています
また、全会場で説明を行う内容を統一していますので
会場によって内容が異ならないようにとの配慮はしています

この説明会を開催するに当たり班編成を行いましが
1班に4~5名の議員を、議長と副議長を除いて配置しています
この4(5)人は、佐賀市議会の4つの常任委員会から必ず一人入っていますし
基数や年齢などを考慮して組織しました

そして、どの会場を受け持つかは、抽選によって決めましたので
概ね、どの会場にも地元議員はいません(二人だけが地元に行きます)
私などは、最も北と南の両極の地域を受け持つことになったのも
そういったいきさつです

今日のこの結果の速報は、ツイッターで報告します

水防訓練

昨日の議会報告会と市民との意見交換会
二つの会場で実施いたしました
三瀬会場では農繁期と重なったために、参加者が少なく
次回開催に置いての反省材料となりましたが
それでも7名の方にご参加いただきました

東与賀会場では、28名の方々にご参加いただき
1時間30分の予定を30分超過して
市民の方々からもご意見を頂きました

今日の午後から、報告書の作成と
アンケートの取りまとめを行いましたが
参加者からの感想は、「良かった」「概ね良かった」が
全体の80%を超えており
「定期的にやってほしい」「開催するべきだ」と言う声を
多く頂きました

まだ、23日まで続きますので
その後に、全体の総括と反省会を行いたいと思います

さて、今日は嘉瀬川河川敷に新しく出来た防災センターで
水防訓練です
この施設は佐賀市が水害にあった時に対応するために
国土交通省が作った備蓄基地に佐賀市が上屋を建てたものです

当時、予算を組む時には私は反対しました
理由は、水害時にこの施設に近づくことが難しいということ
なぜなら、場周はバルーン佐賀駅のすぐ北側
水害時には、周り一面水浸しです

また備蓄しているのはコンクリートの塊や
石を詰めたもの
クレーンがないと持ちあがりません

いわんや、水害時には堤防を走らねばなりませんが
堤防は水を含んで弱くなっています
さてさて、国土交通省はどうしてこの場所を選んだのでしょう
そして、佐賀市はなぜそこに上屋を作ったのでしょう

反対したのは、消防に関わっている議員だけでした

写真は水防訓練の風景です
結局は土嚢を使った対策が一番効果があるようです

2010051609070000.jpg

叔父とともに

父の妹の旦那が久しぶりの里帰りと言うことで
私が運転手をしました

お昼間近に佐賀駅に到着しましたので
佐賀駅北口の「おおしま」でまずは昼食を食べながら
お互いの近況報告です

昼食後から、私の両親の入院している病院から
叔父の実家のある集落に
その後、東脊振にある西光寺(叔父のお寺)と
西往寺(私のお寺)にお参りしたあと
仁比山神社にお参りをして、佐賀駅まで送りました

両親は、顔を合わせては、いるようですが
お互いに認識はしていないような雰囲気でした
母は、あれから私を弟と思いこんでおり
自分に子どもはいないと言い張っています

何故か、全ての憎しみが父に向けられており
自分で作り上げた話の中に入り込んでいます
帰り間際には不安そうな顔で「私は何処に行けばいいのか」と
聞いてきましたので「もう少しここにいてね」となだめる状態です

明らかなる認知の進行に戸惑っています

退所

ロイヤルケア神埼を完全に退所しました

思い起こせば、平成20年3月に入所し
同年4月に父と一緒に施設を巻き込んだ大騒動
その後、再び戻ってからは、それなりに落ち着いた日々でした
2年が過ぎた頃から、安定剤の投与が増え始めました

そして今年の4月までが、何とか私を覚えてくれていた時間です

たった1週間で、こんなにも認知が進むなんて思いもしませんでした
今の母は、自分が作り上げた世界にいます
私は、母の直ぐ下の弟(昨年鬼籍に入っています)になっています
それでも「龍は何処にいる」というと「あんた」と言ってくれますが
それも一瞬です

今年に入ってから徘徊も見られるようになり
連休明けに遂に暴力を振るうようになったとのことです

午前中に施設に行き、書類に署名をし
ケアマネージャーさんとしばしお話をし
「この介護経験を政治の世界で生かして下さい」と励まされましたが
話の端々で、涙が出てきました

この3年間、本当にお世話になりました
もう一度お尋ねしなければなりませんので
改めてお礼を申し上げますが
おかげで、自分の生活を守ることが出来ました

おそらく、訪問した回数は
3年間で200回は超えているものと思います

視察に行ってました

19日から今日まで、視察に行っていました
行先は、桐生市と野田市
桐生市では、市税等のコンビニ納付と定住促進
野田市では公契約条例制定について視察をしました

市税等のコンビニ納付は佐賀市でも今年から導入されていますが
先進的に導入した市の実状の話を聞く事で
今後、見直しをかける時の参考にさせていただきます

定住促進は、ほとんどの地方都市が持つ課題です
人口減少に歯止めがかからない現実にどう対応するのか
どうしたら、I・J・Uターンを増やして
地域の人口を増やすことが出来るのか、他市の状況を聞きます

また、野田市の公契約条例・・聞きなれない言葉だと思いますが
市が発注する工事や請負・委託業務に関して
下請まで含めた所での、最低賃金を市が定めて
賃金水準を確保することが目的の条例です

全国でも野田市だけがこの条例を制定しているので
全国から視察が相次いでいるとのことで
佐賀市が96番目の視察だったそうです

野田市では、県の最低賃金よりも100円高い賃金を制定し
特に清掃業務で、検証を進められたいました
さて、佐賀市に導入することが出来るのでしょうか

この視察報告は近日中に

なお、先日の議会報告会の第7班の暫定報告書を添付しています。

ファイルをダウンロード

視察報告書

今週の視察の報告書をまとめました
時間をおくと記憶力の低下が如実に出てしまい
なかなかまとめ上げる事が出来ませんので
早めに手を付けるようにしています

佐賀市議会では、視察、研修については
参加した全員が報告書を提出することになっています
どんな形での視察、研修にしても
公費、政務調査費を使用してのものに関しては全てです

以前は、委員会の報告は副委員長もしくは新人議員の仕事で
一人が出せばよかったのですが・・・
でも、本来、公費を使った以上は報告するのが当然ですね

そんな中で、昨年でしたか
出張報告遺書を丸写しして、誤字までそのままでしたので
その事が新聞にも載って、議員が反省することもありました
けしからん所業です

今回の議会基本条例も一つのきっかけですが
議会の中をもっと市民の方々に公表して
議員自らも責任と義務をしっかりと認識して
その責務に当たらねばならないと思います

今後とも、厳しい目で議会を見つめてください

ファイルをダウンロード

今日の一日

昨日の校区各種団体歓迎会は70名を超える方が参加
自治会長会、老人クラブ連合会、校区社会協議会、子ども会育成会
青少年健全育成会、民生委員会、勧興小学校、小学校PTA
成章保育所、体育協会、消防団、環境衛生実践本部、公民館

お酒を酌み交わしながら、話に花が咲きましたが
話に花が咲きすぎて、ついついメートルオーバー
二次会は自治会長と新装開店のお店に・・・
ここでも話に花が咲きすぎて・・・・その結果今日は二日酔い

朝一番は、福岡たかまろ後援会事務所で佐賀市後援会の話合い
雨の強い中にも関わらずに、多くの方の参加を頂きました
何と言っても、大票田の佐賀市が決戦場となることは間違いないこと
いよいよ一ヶ月後に迫った公示の日、選挙まであと少しです

その後に楠公神社で楠公祭、概ね1時間の祭典に参加しました
毎年この時には、郷土史家の方々から楠公義祭同盟の話などを聞きます
今年は、元佐賀大学教授の生馬寛信氏
テーマは「義祭同盟参加者の文武課業法達成について」

県外の方々にはご理解が行かないかと思いますが
楠公義祭同盟という勉強会(吉田塾に似たもの)が幕末の佐賀に起こり
そこから、大隈重信、江藤新平、佐野常民、島義勇、副島種臣、大木高任らの
明治政府と明治時代の基礎を作った頭脳が排出されています

当時の佐賀藩は、日本で最も科学技術力の優れた藩で
明治政府の初期の海軍はその当時に佐賀藩が所有していた
船を持って組織された事は有名ですし
アームストロング砲によって倒幕が完成した事も有名ですよね

さて、今日の写真は散歩前の我が家の犬です
レインコートを着るのが苦手で
完全に固まっています

DSC001511.jpg

教えてください

ツイッターに書き込んだ記事を紹介します。

平成教育委員会で童謡の情景が問題だったけど、
「おぼろ月夜」の月は三日月なのかな?満月だと思っていた。
「荒城の月」のモデルは大分県竹田市の岡城跡と思っていたけど、
鶴ヶ城跡だったのか?・・・腑に落ちないから調べよう

と、言うことで調べ始めました。結果・・・

「荒城の月」は、
作詞者の土井晩翠は鶴ヶ岡城と青葉城がモデルと言い、
大分県竹田市出身の瀧廉太郎は岡城といった模様です。
・・平成教育委員会ももっと調べなきゃね。

荒城の月のモデルは、調べる手立てがあって納得しましたが。
おぼろ月夜は調べようがない。

山の端に沈む夕日で一面がおぼる状態、そこにある月は・・・。
西であれば三日月、南の中天にあれば半月(上弦だっけ)、
東にあれば満月に近い。

判る人いませんか。
その後次のような記事を見つけました。

西洋の諺に
「春は三日月のくぼみに水が溜まり、霞がかかって朧月夜となる。
秋の三日月に水が溜まらないから、空はすっきりと澄みわたる」
とあるように、春の宵に見える三日月は横に寝ている(秋は縦長)。
蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」の月は満月だろうか。
しかし『おぼろ月夜』の月は、盃のような三日月に違いない。

しかし、本当にそうだろうか。
これと言った確証がないのがさびしいな。
どっちでもいいのかな。

誰か教えてください。

妻から貰った休日

当初の予定では、24.25日は消防学校で
中級幹部訓練の予定でした・・・が
受講生が少ないと言うことで中止になりました
何の予定もない二日間が発生したのでした

その時、妻が一言
「自分が元気なうちに、行きたいところに行ってきたら」
「余市に行ってきたら」・・・と
後押しをしてくれました

と、言うことで
ニッカウヰスキー、北海道余市蒸留場に一泊で行ってきました
念願の余市に行ってきました
ありがとう

今週末には、妻が京都に行ってきます
娘の所にも行くと思いますが
妻の友人が奇跡的に京都に集まるので
久々に、ゆっくりとした時間を過ごしてもらいたいと思っています

抗がん剤治療を止めてから
最初は、もしかしたらガンが一気に進むのではないかと
心配もしていましたが
今は顔色も良く、いい状態を維持しているようです

肝臓と肺に転移しているガンが消えているわけではありませんが
その進行は、心配していたのを裏切るかのように
本当に微々たる状況です
このまま、ストレスの少ない状況で暮らすことが出来れば
もしかしたら、奇跡が起きるのでは・・・と

この二日、妻から貰った休日
そして終末から四日、今度は妻が休日を楽しむ番です

もう大変だ

沖縄米軍基地をめぐる政府与党の茶番劇に呆れています

迷走に迷走を続けて、元の木阿弥に戻った辺野古案
「現行案とは異なる」と鳩山総理は言うが
どこが違うのだろう・・・凡人には判らない
どこが違うかの説明が欲しいものです

その前に、迷走に迷走を繰り返したことの説明も
まだ納得がいっていません
野党時代には、そう言って麻生さんを攻めていませんでしたか
攻守が変わると、何をしても良いのかな

社民党の福島さん・・・同じ苗字と言うのが気に入らないが
内閣の一員と言う立場が、社民党党首よりも重いと思いませんか
そのあなたが、総理と異なる見解をもって沖縄に行き
辺野古反対、沖縄反対を公言した事は、内閣分裂ですね

社民党の立場に固執するのであれば
連立政権から、離脱してからするべき事でしょう
そんなに政権にしがみ付いて居たいのですか
それなら、村山さんと同じように、わがままを捨てないと

だからと言って、社民党のみならず国民をも馬鹿にしたような
内閣合議案を提示しようとする民主党も末期的症状ですね
あなた方のそう言った態度が国民の政治不信を誘発し
政治離れを加速させているのです

もっと毅然とした態度で、政治家としての責任を取ってください
政治が責任を取らねばならないのは
国民に対してであって、連立政権同士の事ではないはず
もっと真剣に考えてください

さて、今日は中の小路にある介護施設
アクセプトライフ・中の小路紀水苑で
火災訓練が行われました(下の写真)

消防署、消防団、地区の自治会長、民生委員さんがたも参加し
火災発生、初期消火、通報、非難そして消化器訓練がおこなわれ
地域防災の必要性を認識した所です

火災訓練写真

独身です

今日から3泊4日で妻は京都に出かけました
今夜は、娘と食事をしているものと思います
元気がある時に、動き回れる時に
行きたいところに行ってもらいたいと思っています

夕方、犬の散歩中に知合いの方から
「今のいい状態が、ずっと続く事を祈っています」と
心温まる応援を頂きました
本当に多くの方から応援メッセージを頂いています

と、言うことで、今夜から久しぶりの独身です
夕食は先ほど済ませました
野菜ラーメンで、たっぷりの野菜を入れての
健康志向の食事にしましたが、後からお腹すきそう

さあ、今夜は街に出かけるのかな???

ところで、鳩山総理と内閣はどうなっているのでしょうか
内閣の一員である福島大臣が
大臣職よりも社民党党首の立場を優先させると言いながら
大臣は辞めないなどと、筋の通らない話

それに対して何も出来ない、何も言えない総理
姑息な手段で社民党を懐柔しようとする見え見えのごまかし
何一つとして、時間期限を守らない
それでいて、何も感じていないなら、病気でしょう

今は、一日も早く小鳩のお二人は政界から去ってほしいものです

なんでんかんでん

錦通りの三根楽器さんからご連絡がありました。
6月6日(日)19時30分から
呉服元町の「かのこ」さんを舞台として
「商店街コラボ 第2回 Sound of Japan in かのこ三味線コンサート」が
開催されます。

前売りチケットは、1000円(食事つき)で
会場となる「かのこ」さんで販売中です
詳しくは、三根楽器さんまでお問い合わせください。

なお、三根さんとは昨年「商店街ネットワークを立上
第3回会議まで実行しましたが
私の選挙などもあって、ここのところ中断していますが
いろいろ模索する内に、街の活性化の難しさを痛感しています

しかし、私が直接かかわっている県庁通り商店街では
「猫クッキー」が静かなブームを呼んでいます
先日は自民党の石原衆議院議員も絶賛していましたし
錦通りも独自の取組を進められています

参考までに、ネットワーク立上時の挨拶文を載せています

商店街ネットワーク挨拶文

それにしても、ようやく福島大臣の罷免が決まりましたね

しかし、今回の原因を作ったのは鳩山総理自身です
社民党に配慮して「少なくとも県外」と言い放った事を捨て
「現行案ではない」という「現行案そっくりの」辺野古案に落ち着き
賛同を取るための、姑息な手段を、臆面もなく言い放ったことが
今回の結果を呼んでいます

これまでにも何回も言っていますが
米軍基地問題を考える前に、自国の防衛について
もっと真剣に討議討論しなければなりません
当然憲法9条にも触れる事です

しかし、後回し後回しにしていては
日本と言う国は、諸外国からの信用を失い
国家が滅ぶ基になっていきます
もっと、もっと真剣に日本と言う国の軍備について考えましょう

「何もなく、何もしなければ、何処も攻めてこない」などと言う
子どもだましで、国際社会で「大人」と言うことはできません

ところで、罷免されてなお政権与党に残ることはないですよね

両親のことの報告

昨日、両親の入っている病院に行きました
父は、相変わらずベットの上で眠っています
何故か、ここのところ点滴が続いていて
施錠されている部屋にいます

母は、以前父がまだ元気だったころによくいた場所にいます
前回に行った時よりかなり改善されてきていて
父が同じ病院にいることも判っているようです
一緒に窓越しに父を見ながら話もできました

そして、一か月ぶりに私を息子と認識してくれました
ただ、被害妄想は激しく
名前をはっきり言うと、泥棒が来るといって
変な独特の言い回しで、名前を言ってくれました

ふっふっふ~のふっふっふ
くっくっく~のくっくっく
しっしっし~のしっしっし
まっまっま~のまっまっま

こんな感じで、リズムと音程をつけて話してくれました
身体のほうは特に問題はないようで
一緒に散歩もできました
もっと。もっと、長生きしてもらいたいと思います


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