佐賀のために! Do! SAGA 佐賀市議会議員・福島龍一

 
龍一が語る
 

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2010年01月アーカイブ

謹賀新年

2010年の幕開けです

例年どおりに、午前0時を期して八幡神社に出向き
0時30分から県庁通り商店連盟の初お祓いに参加
今年は、玉串奉天もさせていただきました
月がとてもきれいな夜でしたね

自宅に戻って、小腹を満たし、睡眠へ・・・
普通なら寝正月と行きたいのですが
起床は午前4時、午前5時からの元朝会に参加です
眠い目を擦り擦りの時間でした

再び自宅に戻って、6時過ぎから犬の散歩です
正月はどうしても体重が増えやすいので
1時間・7000歩をしっかりと歩きました

朝食を済ませて、高木八幡神社に初詣でに出かけましたが
お手水受けに薄氷がはっていました
寒かったはずですね、巫女さんも寒そうでした

午前111時からは、伊勢神社での初祈願祭
第88代伊勢会の方々と、第89代伊勢会の本部関係者で
神殿でのお祓いでしたが、いやいや足がしびれるくらいの寒さでした
本番の2月が思いやられます

午後からは、届いた年賀状の整理と返信はがきの作成でした
眠気が襲う中を、睡魔と闘いながら頑張りましたが
やはり、眠気には勝てませんでした

夕方は娘と一緒に、再び1時間・7000歩の散歩に出かけました

新年賀詞交歓会

新年恒例の、賀詞交歓会が
ホテルニューオータニ佐賀で行われました
毎年参加しています

冒頭に、古川佐賀知事、秀島佐賀市長、
指山佐賀県商工会議所会長のあいさつがありましたが
3人で30分、まあこんなものでしょうか
少し腰に来ていました

その中で、指山会長の言葉の中でメモったものは
「新しい日本を創る元気は地方にあると思う
 もしかしたら、私たちの直ぐ側にあるのかもしれない」
という言葉でした

また、
「目先にこだわらず、遠くを見ることが大切」
「物事は多面的に見なければ本質は見えない」
「枝葉末節にこだわらず、根本を見る目が必要」
とも言われていました

明治維新が、薩摩、長州、土佐、肥前という
江戸から離れている地方から起こったことを考えても
国を変えるには、やはり地方からうねりを起こさければ
きっと変わっては行かないのではないかと思います

また、目先のことや木々の枝葉は動きが激しく
その変化がめまぐるしく移り変わっていくので
どうしても、そういったことに惑わされてしまうが
遠くの景色や、木々の幹や根はその変化が見えにくいが
それらがしっかりとしているからこそ、枝や葉も支えられている

言われていることは、至極当たり前で
特に政治を志す者にとっては、忘れてはならないことですが
これが、なかなかに難しいものです

例えば、子育て給付金や高層道路の無料化なども
行ってみれば目先のことであって、国家の本質には関わっていません
国の政治がまずは変わらなければならないのですが
どうしても政権が欲しいために目先にこだわる

政治家も国民も、着眼点を変えてみる時かもしれません

河川改修に伴って

実家の裏の川(田手川)が氾濫したことに伴い
相当昔から計画されていた河川改修工事が一気に進み
昨年の暮れに、境界査定に立ち会ったことは
以前にご紹介していたと思います

その中で判明した事が一つ
ほとんどの土地は父の名義に変換されていたのですが
昔、水車小屋があった頃に、川の水を引き込んでいた
水路が、雑地として祖父のままの登記になっていました

土地を提供するために、相続に関する手続きを取らねばと
行政の方々とも話していたので
今日、家庭裁判所、吉野ヶ里町役場、神崎土木事務所を
それぞれ訪問して、手続きについて話をしました

まあ、自分の調査不足などもあって
結論は思いがけない方向に進んだのですが
兎に角、何とか収まる方向に動きだしました

吉野ヶ里町は、三田川町と東脊振村とが合併してできた町なので
至る所で「父」の事を聞かれますが
一応に「昔あんなに元気だったので、想像できません」と言われます
「弱った親父さんを見るのが忍びない」ともいわれます

父の生まれた在所でもあり、村長を務めた所でもありますので
そう言って頂けることがまた、父の足跡を確認できることですので
ある意味、嬉しくもありますが
ある意味、さびしくもあります

明日から、また冷え込むそうです

政界再編

舛添さんが政界再編について自論を述べられています
それに対して自民党のどなたかは覚えませんが
「ありえないこと」と言下に否定していました
既成の政党にしがみつく必要は何処にあるのでしょうか

もともと自由民主党も保守政党の合併によって出来たもので
そこから新進党や自由党など新党が離脱していった経緯があります
社会党も分裂し、今の民主党が出来上がる素地を作っています
共産党と公明党は合併する要素がありませんので
ここがどうこうなることはあり得ないと思いますが・・・

この様に、これまでも政党は合併離脱を繰り返して来ていますので
政界再編はありうるべき事であって
そのことによって、政界の新陳代謝も行われていると考えるべきでしょう
政界再編は、ありうるべきことなのです

以前加藤の乱が不発に終わった時に
自民党の改革派が守旧派と袂を分かつと期待していましたが
残念な気持ちになったことは正直なところです

また、ある議員と話していても
政界再編はありうるべきこととの認識を持っていて
古い体質にしがみつくことが美徳と考えることでは
政治は真に国民の為にはならないことを話し合ったことがあります

民主党も、今のままでは小沢影の総理と鳩山見せかけの総理
この二人の関係が引き金となって分離してもおかしくない時
自民党もまた、再起ではなく新規に行動を起こさなければ
国民の信頼を得ることは出来ないかもしれません
その結果としての政界再編はありうるべき事象だと思います

汚泥堆肥化

一昨年まで、議員としてのライフワークの一つとして
5~6年に渡って関わっていた、下水道汚泥堆肥化事業
その現場の視察に行ってきました

あれほど関わっていたのですが、事業化が決定してからは
所管の委員会ではなかったこともあって
建設過程から事業開始に至るまで、選挙と言うこともあって
現場を見ていませんでした

そこで今日、時間を作ってもらって現地に行きました
概ね1時間ほどの現地視察でした
これまでに多くの施設を実際に見てきていますので
施設そのものの良し悪しは一目瞭然で見て取ることができますし
それほど大きく異なるものでもありません

施設内発酵過程の画像

ただ、佐賀市の施設が優れているのは
下水道汚泥が堆肥に至る過程で発散するアンモニア臭気の
強烈な臭いをどのようにして軽減、脱臭しているかです

脱臭装置施設の画像

佐賀市の施設ではもみ殻を利用して脱臭を効率よく実施しています
後は良質な堆肥が出来上がることが望まれます

多忙な三日間

この三連休はそれなりに結構多忙な日々でした

9日のスタートは、高木八幡えびすの準備から始まりました
与賀神社のえびすは、業者が入りますので、手は掛かりませんが
高木八幡は、えびすのメンバーによる手作りですから
皆でコツコツと頑張ります

概ね午前中であらかたの準備が片付きましたので
昼食を採った後、自宅に戻り消防団の仕事です
地元エリアの方々に協賛金のお願いに出向きます

午後2時からは、もぐら打ちに使う竹を取りに
石井樋の北、名古屋橋付近の竹林で竹を切ります
3町区と子ども会の協同作業です

その後、またまたとんぼ返りで自宅に戻ると、風呂
これまでの作業でしっかり汗をかいていますので、まずは身ぎれいにして
与賀神社のえびす祭りに表敬訪問
福運券を購入していましたので、運だめしの福引をしました

挨拶もそこそこに、高木八幡にとってかえして、神事からお祭り開始です
さらにさらに、6時過ぎると「あけぼの」で
校区自治会長会の新年会に参加しましたが
同じ「あけぼの」での第32代えびす会の同窓会に参加して
一日が終わりました

10日も高木八幡のえびすから一日が始まりましたが
この日は消防団の出初式でしたので、8時30分に文化会館
10時からの式典に向けての準備です
12時からは県庁前のお濠で一斉放水(下の写真です)

その後、高木八幡に戻りお祭りの終わりまで付き合い
後片付けまで参加しました
概ね5時頃には終了して打上が始まりましたが
私は、勧興公民館での消防団中央第2部の新年会に参加です

ついつい過ごしてしまい、ファイナル・ファンタジーを忘れてしまいました

そして今日は、もぐら打ちとほんげんぎょ
中の小路の子ども会と一緒に、もぐら棒作りから初めて
町内を歩きまわりました

111時からは勧興公民館でほんげんぎょ
町内から集められたしめ縄などを一斉に燃やします
子どもたちには、焼き餅をして振舞い
無病息災を祈りました

午後からは、公民館の運勢協議会が開催され
今年度の残り3カ月の行事について話し合いがもたれ
また、次年度の行事についても意見が交わされました

画像の確認

佐賀は大雪

北国の方からみると、どうってことない景色でしょうが
最近の佐賀市においては、珍しい雪景色です
写真は我が家の庭です、時間は概ね7時頃でしょうか
お昼には地面は溶けていましたが、今また降り始めました

朝の散歩の時には、長靴を履いたまでは良かったのですが
防寒シートが入っていなかったので、冷たさが直に伝わり
足がしびれる寒さを感じながら歩きました
犬はすこぶる上機嫌で、飛び跳ねていました

午前中は、母の薬を取りに病院にも行きましたが
何時もなら患者さんで込み合う病院も
流石に今日は少なく、思いのほか早く終わりました
思いがけない雪効果でした

雪景色画像

どうする

昨日の雪の影響が残ったままの今朝の街
散歩のときにいちばん困ったのは凍った道路
結構つるつると滑りまくり、転倒こそなかったものの
足の内側は、それなりに張っていました

それでも九州の雪は太陽に極端に弱く
お昼過ぎにはほとんど溶けて行きました
今日は妻の診察の日、一緒に付き合い病院に行きました
今の薬に代わってからは、まだ日が浅いので
来週まで内服薬と点滴を続けて、2週間後にCTを撮ります

現在進めている抗がん剤が効果がなければ
また違った薬を試すことになります
副作用さえなければ、そこまで気に病むこともないのですが
ガンと闘っているというより、副作用と闘う日々は
精神的にも辛いものがあります

それと並行して、緩和ケア(ホスピス)の入院手続きもしました
緩和ケアと聞くとイコール終末医療と言うことになりますが
必ずしもそういうことではなく、ガンの痛みや
精神的なケアも含めた医療と言うことです

今後は、源病である大腸がんは外科
転移先の肝臓や肺は内科で
そして抗がん剤治療は腫瘍内科で治療を続けながら
緩和ケアも同時に受診するということにしました

父は既に昨年末に緩和ケア病棟への入院の手続きをしました
今は順番待ちですが、春頃には転院するかもしれません

出処進退

小沢民主党幹事長の政治献金問題は
衆目の見るところ限りなく黒に近いグレーでしかありません
決して彼の言うところの「法に照らして恥じることはない」
といった程度の問題ではないと思います

ましてや、権力を嵩にきて事情聴取にも応じないとなると
これはもう、言わずもがなの問題です
白であればある程、事情聴取に応じて
潔白を証明すれば良いのでしょうが、それが出来ない

そういった彼を野放しにしている民主党
政権を取った途端に、これまでの正義感はどこに消えたのでしょうか

小沢氏が「悪」の政治家とすれば
鳩山氏や管氏は「善」の政治家であったはずです
自民党の昔の代名詞であった「政治家と金」にまつわる
これまでの言動は何処に消えたのでしょうか
身内には言えないのでしょうか・・・

「小沢氏の問題なので自分は何も言えない」鳩山氏談話
そんなことがありうるのでしょうか
民主党党首としての責任はあるはずです

しっかりしてほしいものです

一転して

先週末からの忙しさに比べて、今週はゆっくりとした日々です
年末から年始にかけての諸行事に一区切りついた
そういった感じのする今週です・・・が
来週からは再び新年会の連続になります

また、来週には臨時議会が招集されることになっているので
それも含めて、結構繁忙な日々だと思います

昨日は、神戸にいる叔母(父の妹)のところにお見舞いに行っていました
3年前に脳梗塞で倒れた時に
父を伴ってお見舞いに行った、それ以来の神戸です
(思えばその年の暮れに父は転倒します)

ちょっと気になることもあってお見舞いに行ったのですが
補助用具を使用して歩くこともでき
話もそれなりに通じていましたので、父よりは数段良い状態です
ただ、最初の頃は私が誰かは判明していなかったようです

一番良かったのは、自宅と施設との距離が
歩いても2~3分程度の距離にあるということです
叔母は施設に入っていますが、叔父も毎日行くことができて
自分の時間を持つこともできますので、状態は良いと思います

ただ、なにぶんにも叔父叔母共に高齢であり
何時何事があってもおかしくない状態ということもあり
今回のお見舞いになりました

あと一人、東京の叔父(母の弟)が昨年倒れているので
こちらにもお見舞いに行かねばなりません
この叔父も数年前から体調を崩していたのですが
いよいよ体が弱ってきたようです

両親の代参がしばらくは続くようです

それで良いのか

話は、民主党小沢幹事長の「お金」の問題ですが
民主党議員の中には「説明している」と解する
コメントを出している議員もいますが
本当にそうでしょうか、本気でそう思っているのでしょうか

立場が違った、9月以前の事を思い出してみてください
自民党にそういった疑惑が発生した時に
あなた方は何と言ってきましたか
その言葉を、自らの幹事長や党首に向けてなぜ言えないのですか

ましてや、鳩山氏の「戦ってください」とは何でしょう
国の最高責任者が、国の機関と一政党の幹事長との確執について
政党幹事長を擁護するとは、言語道断
自らの責任の所在が判っていないとしか思えない発言です

本来であれば、党首たる責任者が任命した幹事長であれば
身の潔白を示そうとしない態度・・捜査協力拒否にたいして
苦言を呈するなり、説明責任を求めるなどして
少なくとも捜査協力をするように促すのが仕事

やはり、実権のない傀儡党首でしかないようです
であれば、岡田氏、前原氏、原口氏などの方々から
鳩山氏や小沢氏に対して何故何も言っていかないのでしょう
そこも民主党の不思議なところです

小沢党・・・そう言われても仕方のない現状です

小沢氏は、きっちりと説明責任を果たして
進退を明確にすべきです・・・参議院選挙対策とは別に

議会運営委員会

1月臨時議会に関する議会運営委員会が開催されました
今回の議案は、新聞でも報道されていますが
久保田地区が旧久保田町時代に参加していた
天山地区共同塵芥処理場が3月31に閉鎖されることを受け
高木瀬にある清掃センターでごみ焼却をするためです

高木瀬にある佐賀市清掃センターは平成11年の議会で
業者選定に関して、議会を2分する大議論を呼び
当時の新市クラブ(7名)が賛成に回ったことで
議案が可決して建築された経緯や

迷惑施設として、旧佐賀市以外のごみは持ち込まないなどの
地域との協定もあって、なかなか前進できませんでした

しかし、現実問題として4月1日より久保田町のごみは
持ち込む先がなく、喫緊の課題として
清掃センターに持ち込む以外に選択肢がないところに来ています

高木瀬地区の方々との合意は100%取れていませんが
地元の方々のご理解をお願いするばかりです
そのことをとらえて、「見切り発車」という表現を取った
佐賀新聞に書き方にも大きな問題があります

こういったマスコミの記事一つで、これまでに行政の努力が
水泡に帰すということもありますので
表題のタイトルや、記事の中身については
慎重な表現をお願いしたいところです

臨時議会は21日行われます

行政視察・岸和田市議会

行政視察というと、こちらから出向いて行って
先進的に取り組まれている事業やユニークな事業について
先方の市の執行部の方から話を聞くことが多いのですが
今日は、佐賀市に見えられた方に対して
こちらがその視察をお受けする形での、行政視察です

もちろん、執行部対応の視察はかなり頻繁にあっていますが
議会が対応する視察は、それほど多くはありません

今回は、その数少ない議会対応の視察です
視察項目は、「議会基本条例の制定に向けて」ということで
昨年立ち上げた、佐賀市議会基本条例について
岸和田市議会共産党会派の方々5名に対応しました

佐賀市議会からは、亀井議会運営委員会委員長と
山下明子議員、松永幹也議員と私が出席しました
下の写真は、その時の風景です

行政視察風景

視察時間は概ね2時間、フリートークで質問をお受けする形で
熱心な議論が展開されましたが
参考になることが出来ていれば幸いです

で、自宅に戻ると議会からFAXが来ていましたが
高木瀬地区からの清掃センターに関するものでした
昨日にも書きましたが、新聞記事にあった「見切り発車」という
その表現はやはり良いものではなかったようです

マスコミ報道が興味本位的な形になると
市としてしなければならない事業が成立できないということもありますので
大局を見据えながら慎重に表現してほしいとおもいますし
記事を載せるタイミングにも気を使ってほしいものです

臨時議会

1月臨時議会が今日一日の日程で開催されました
議題は、天山地区塵芥処理場が閉鎖されることによる
久保田地区のごみを清掃センターせ受け入れるための
条例改正の為の議会です

新聞報道で、この議案に消極的な地域の方の神経を逆なでするような
過剰な見出しで記事が書かれていたことは以前に書きこみましたが
あの記事だけをみると、私でも「なんだこりゃ」と言いたくなるような
そんな内容でした

そのことを受けて、清掃センターのある地区の方々からの
抗議文も佐賀市議会に届けられていました
また、今日の議会にも多くの方が傍聴にお見えでした
そんな中で、午前10時から臨時議会が始まりました

当初の予想では、午前中にある程度めどがつくと思っていましたが
結局、委員会採決が終わったのは、午後2時を過ぎていました
そして最終の議会運営委員会が開催されたのは
午後2時50分、ここから本会議に向けての事務処理が始まり
最終的に本会議が再開されたのが、午後5時を回っていました

結果は付帯条件を付けて全会一致で可決されましたが
本当に長い一日でした

その、待機時間の間に国会中継を見ていましたが
与党も野党も、立場が違った質疑応答に慣れていないのか
質問する側も、突っ込みが足りないし
答弁する側も、しどろもどろという状況でしたね

もっとも、鳩山総理の「母からの献金は知らなかった」という答弁は
とても信じれるものではありません
仮に、それが事実なら、毎月1500万円の小遣い銭を知らない・・・
一般庶民の年収をはるかに超えている金額を毎月貰って
それを知らなかったといえる、金銭感覚のずれ

そう言った総理大臣が国民の生活を理解していると言えるのでしょうか
また、4億円と言うお金を、ポンと出せる幹事長も
国民感覚とはかけ離れた生活感覚の持ち主だと思います
その二人を信じている民主党議員の方の生活観念は・・・

ホテルのバーで毎晩飲む、以前の総理大臣と比べて
どちらがより国民生活とかい離したところにいるのでしょうか

軍艦島

昨日の事です

京都の製薬会社に勤務している娘が仕事で帰ってきています
昨日は長崎大学での就職説明会
娘の仕事は人事課採用係で、大学や合同説明会で会社を紹介すること
学生が就職活動している期間は、休む間もない忙しさだそうです

私も、臨時議会が終わり、恵比寿や出初式などの行事も終わり
久しぶりにゆっくりしていましたので
アッシー君をかって出ました

グラバー園の近くで早めの昼食を取って長崎大学に送り届け
娘の仕事が終わるまでは自由時間です
野母崎(長崎県本渡最南端)まで足をのばしました

まずは、椛島と言う野母崎の先にある島の灯台まで行きました
見渡す限りの海海海・・・
そして野母崎の半島越しに軍艦島が見えているのが確認できます

軍艦島遠景

野母崎の街まで戻ると、ちょっと温泉に・・・
鉄分を強く含んだ塩湯なのでしょうか、さび色に濁った湯でしたが
窓越しに軍艦島を眺めながらちょっと一休み

風が強く、波もあったのでクルージングは断念しましたが
ちょうど軍艦島に太陽光線があったった所で、パチリ
まあまあ良い写真が撮れました
他のアングルからも撮っているのですが、曇り空なのできれいに映っていません

軍艦島

浅見光彦シリーズで、野母崎と軍艦島は舞台になっていますので
ちょっと興味本位で撮ってきました
なお、写真が大きいので、100%の表示では全部が移りませんので
サイズを少し小さくしていただくと、全景が写ります

次の写真はおまけです
サシバなのかトンビなのか、いろんな鳥が飛んでいましたが
カモメと思しき鳥を撮りました

おまけの写真

校区対抗駅伝大会

佐賀市校区対抗第58回駅伝大会が開催されました

昨年から東与賀干潟公園を舞台に大会が運営されています
海沿いなので、天気が悪くなると寒さが増しますが
これまでの総合グランドに比べると
駐車場や会場の広さ、交通量の少なさが大きなメリットです

昨年はあいにくの雨模様ででしたが
今日は、晴天に恵まれ、風もない駅伝日和
とは言っても大会の開会式の頃までは
朝霜が強く、寒さが身にしみる状況でした

出掛けに、ホッ懐炉を2個背中につけていましたが
スタート前には外してしまい、手袋もネックウォーマーも外して
気持ちの良い温かさがありました

参加チームは25校区26チーム
午前10時にスタートして、優勝は1時間18分
6人のランナーでタスキをつないで行きました

駅伝は日本独特の競技ですが
それも九州が発祥の地とか・・・
もともとは飛脚がモデルになっているとか・・・
どちらにせよ、皆さん方一生懸命に走っていました
もちろん応援も必死です

ただ、終わってから表彰式までの時間がもったいない感じがします

ごうのとら

寅年生まれの方で、「自分はごうの寅」と言われる方がいます
先日も、ある所でその話題になったのでちょっと調べました

ごうのとら・・は強の寅あるいは剛の寅と書くようで
「とても強い性格と運気の持ち主」という意味ですが
正確には「五黄の寅」と書きます

五黄とは、九星(術)という古代中国の五行と九星とを組み合わせ
一白水星(北)、二黒土星(西南)、三碧木星(東)、四緑木星(東南)
五黄土星(中央)、六白金星(西北)、七赤金星(西)、
八白土星(東北)、九紫火星(南)を指します

五黄の寅は、1950年、1986年、2022年と
36年ごとに出現します・・・今年は違います

これは、十干十二支に言われる、丙午(ひのえうま)と同じく
特に根拠のある話ではないのですが
占術の一つとして言い伝えられています

ついでに、丙午のいわれを紹介しますと
陰陽五行説によると、丙も午も「火の性」を表すことから
これに当たる年は火事が多く、この年に生まれた女性は
夫を早死にさせるという迷信が社会に浸透したものです

丙午は60年に一度出現しますが
1966年がこの年であったので、出生率が低下しているそうです

十二支は日本ではかなり定着しているそうですが
諸外国では日本ほどには定着していないようです
また、それぞれの動物は
十二支を覚えやすくするために考案されたもので
動物ありきで決まったものではなく、国によって違いがあります

十干(じっかん)は
甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸 と書き
十二支と組み合わせて
例えば、甲子は「きのえね」、乙丑は「きのとうし」、丙寅を「ひのえとら」
とよびます

ちなみに、甲子園球場は甲子の年(1924年)に出来た球場なので
そう呼ばれています

視察・・それから

27日から29日にかけて、会派での視察に行っていました
視察先は、今治市「総合都市交通体系調査」と
高知市「行政改革の取組について」の2項目
視察報告は、後日アップします

飛行機を使えばよかったのですが
往復共にJRを利用したために、時間もかかった上に
背中から腰にかけてがバリバリと悲鳴を上げています
体力的な限界が見えてきたのでしょうか

視察から帰った29日(昨日)は唐人町の新年会もあって
本当に休む間もなく動き回っていましたので
今日は、偶然にも行事がないので、のんびりしようと思っています

この視察の間に、妻のCT検査が入っていました
結果としては、ガン病巣に変化がないということなので
現在行っている抗がん剤治療を継続することになりました
ちょっとホッとしたところです

大腸がんによる抗がん剤治療は、ガン細胞を根絶するものではなく
ガン細胞の増殖を抑制するものであって
現状維持ということは、抗がん剤が効いていると判断されるもののようです
来週には3クール目の抗がん剤投与が始まります

これまでの抗がん剤と比べると、表面に出る副作用は少ないのですが
内面的な副作用はあって
副作用を改善する薬が、山のように出ています
ガンと闘っているというより、副作用との戦いの毎日です

友人の薬剤師が言っていましたが
「薬には必ず副作用がある、治療したい病気と
投薬による副作用を比較して、命にかかわる法を優先する」
理屈ではわかるのですが、現実を目の当たりにすると???

兎に角、妻の頑張りをサポートすることしかできない自分ですが
妻や私と同じ立場に立ってしまった方々に
私の体験が少しでもお役にたてればと思って
妻のとの日々をこれからも書き綴っていきたいと思います

頑張れない

「頑張って」という言葉は、時にして残酷なものです
スポーツ系のように、体力の限界に挑戦しているときや
勉強のように、常に向上心を持ち続ける必要がある時には
励ましの言葉として、時には有効に働く時もあります

また、明らかに本人の努力が不足していると
本人も自覚していると思える時には
それは、叱咤激励の言葉として、言ってあげる必要もあるでしょう

しかし、それが限界な情況にある時や
頑張りようがない状況下で
「頑張って」という言葉は、時に残酷な言葉として
心に突き刺さることもあります

もう頑張れない、頑張る術がない
何を頑張ればいいのか
それさえも見えなくなっているとき
そっとしておいて欲しい、そう言いたくなる時があります

いじめられている子供に「強くなりなさい」と
そう言ってきた先生がいましたが
強くなれないから、言い返せないから
どうしても弱いままの自分でしかないから
いじめられてしまう・・・そんな気持ちを
その先生は理解していなかった、そんな現実も見てきました

そう思っても、自分ではどうすることもできないこと
そんな現実が確かにあること
それに立ち向かう勇気なんてありようがないこと
そんなことだってあるんです


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