佐賀のために! Do! SAGA 佐賀市議会議員・福島龍一

 
龍一が語る
 

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2009年12月アーカイブ

東部水道企業団

佐賀東部水道企業団という組織があります
三養基郡基山町、みやき町、上峰町、神埼市
神埼郡吉野ヶ里町、そして佐賀市が構成メンバーで
筑後川から取水して、構成市町に水道水を供給しています

今日は、その東部水道企業団の議会が開催されました
私は、今回の議会人事でその議員として選出されていましたので
初めて、その議会に参加しました

議会議員の構成は8名
佐賀市、神埼市の市長
基山町、みやき町、吉野ヶ里町、上峰町の町長
そして佐賀市議会から議員が2名です

場所は佐賀市の北部バイパス沿いにありますが
その4階に議会室も常設してあり
一種独特の雰囲気を持った議会でした

市民の方々には見えにくい議会人事ですが
この東部水道議会議員は議員歴の長い議員が就任してきた
それなりに重い役職だといわれていた意味がわかりましたが
追認議会の様相があります
少しでもメスを入れることができれば面白いと思っています

午後からは、一般質問のヒアリングですが
市の職員の方々と質問の意図みついて話をしますが
職員の方は質問して欲しくないわけですから
話がかみ合わないところがあります

また、一問一答についても微に入り祭に入り聞きたがりますが
総括質問の答弁を聞いてもいないうちに
そこまで質問が絞られるわけもなく
そこは議会当日の緊張感を持った中で質問します

そう言えば、一問一答についてもしっかりと原稿があって
議員も順番にチェックしながら質問し
答弁者の方も、順番にペーパーをめくっている方がいます
よほど念入りに質問と答弁とをすり合わせたのでしょうかね

今日は母と

明日からの本会議を前に、今日は議会は休会
この時間を利用して、母と半日行動を共にしました
大きな理由は、母の診察目的です

10月に状態が悪くなって心配していました
被害妄想がひどくなったり、徘徊が出てきたということで
以前から専門医の診察を希望していましたが
議会の公務が入り、なかなか時間がとれずにいました

そこで、今日は専門の精神科と耳鼻咽喉科で
それぞれに悪いところのチェックでした
前回の検査に比べると、記憶障害は明らかに進んでおり
特に図形や数字において、理解力が低下していました

耳鼻咽喉科の方は左耳が難聴になっていることの検査でしたが
これは現状維持ということでしたのでほっと一安心です

昼食は、施設ではなかなか食べられないということで
熱々のお蕎麦です
時には奮発してもいいのにと思いますが
母は無類の麺類好き、「蕎麦が一番」と完食していました

帰り際にお寺によって、お墓参りとお寺参りをしましたが
本当に喜んでくれたのでしょうか
帰り際のさみしげな顔は、目に焼き付いてしまいます

議会

今日から一般質問が始まりました
28名の議員が登壇します・・いつもより少ないですね
今日と明日、それと来週の月曜日は5名
火曜日から木曜日は4名の議員が質問します

11日の金曜日は一般質問1名と議案質疑となっています
何故、1名の議員を最後に残すのかというと
もし、議案質疑がなかったら議会が開会できなくなるので
担保として1名(時には2名)の質問者を残す慣習があります

もっとも、この10年ほどの議会で議案質疑がなかったことは無く
ともすれば議案質疑が集中することさえあって
佐賀市議会の質問・質疑は他の市町村には決して劣るところはありません

現在、佐賀市議会の本会議はぶんぶんテレビ(CATV)と
インターネットで生中継されていると同時に
インターネットでは3日遅れで、録画配信もなされています
佐賀市のホームページの動画配信からアクセスできます

私の質問は、9日(水曜日)の午前11時頃からです

通告以来、二日と空けずに執行部のヒアリングを受けています
ヒアリングをする職員さんがたは、課長、係長等の実務者ですが
答弁するのは、担当部長です
「部長が困らないように」と気を使っているのか根掘り葉掘り聞いてきます

数日前にも書きこみましたが
ヒアリングが行き過ぎると、緊張感のある一問一答ができません
執行部側は、その緊張感を嫌っているようにさえ見えます
聞かれて困るようなことは無いと思いますので
しっかりとした答弁を求めたいと思います

この一般質問こそが、議員の議員たる仕事であり
確実に答弁を引き出せる(答弁拒否ができない)場ですので
今回も頑張って質問したいと思っています

混迷する鳩山内閣

昨日の沖縄問題では、社会民主党の「党是」で
今日は、亀井大臣の「わがまま」で
沖縄米軍キャンプ問題も、補正予算も先送り
何も決まらない鳩山内閣

仕分け作業も、その結果を受けた各方面からのクレームに
担当大臣や外野席までがクレーム
自民党では出来なかった部分へのメス入れには期待する向きもありますが
このままでは、何も決められない政権になってしまいそうです

これまでの自民党政治に対する批判とは言え
その大部分はマスコミが誘導的に進めたこともあります
確かになれ合いになってしまって自民党ではできないことも多くあり
その閉そく感からの脱却が民主党に期待されたことではなかったのか

しかし、今の状況をみると、本当に民主党で出来るのか
連立を組んだ少数政党に振り回されている姿は・・・

沖縄問題は先送りしても結果は同じこと
結局は社民党は離脱の道しか残らないのではないのか
内閣の一員でありながら
答弁で「わが社民党は」を連発していたこともどこか変でしたね

日本の国政はどうなるのでしょかね
意外と衆議院の解散はちかいのかも

記憶

夕方、犬の散歩をしながら、ふっと考えたことがあります
それは、父との最後の会話です
それが何時だったのか、何を話したのか
必死になって思い出そう、記憶の扉を開けてみました

しかし、認知が進む中、会うたびに話が通じなくなっていく
そんな時の何処が最後だったのか極めることはできませんでしたが
父が最後までこだわっていたのが
腕時計とベルトと運転免許証を持ってこいというものでした

父にとっては車の運転が最後まで忘れる事の出来なかった事で
明らかに認知が認められて、車の運転を止めさせるために
運転免許証が見つからないことにして
運転を止めさせた経緯がありましたので、最後まで「探して来い」と言っていました

きっと、毎回毎回そのような会話をしていたと思います

昨年の敬老の日には、帽子を持っていくと
嬉しそうな顔をして、ちょとばかり斜にかぶる癖そのままに
帽子をかぶっていましたが、その時は会話は無かったので
最後の会話は、昨年の5月頃に娘を連れていった時だったのかもしれません

既に1年6カ月という時が過ぎているのかなと思うと
やはりもう一度父と話をしてみたいと感じながら
犬の散歩を続けました

質問原稿

今日は、まず校区体育協会の行事で勧興小学校へ
「区民健康づくり、ゲートボール大会」
寒さも手伝って、参加者がちょっと少なかったのですが
それでも熱心な方々のご参加を頂き、大会が開催されました

体協行事も今年度もあと2事業を残すのみ
ケガや事故が無いようにと願うばかりです

私は、開会時に体協会長としての挨拶をさせていただき
次の予定のために失礼いたしました
次の予定は、スペシャルオリンピック日本・佐賀の総会です
評議員にもなっていますので、10時前に市立図書館に出向きました

スペシャルオリンピックは知的障害を持つ方々のスポーツ組織で
先般不慮の事故で亡くなられた、安永健太君も、元のメンバーで
優秀なアスリートでした

そして午後からは、一般質問のチェックです
今回提出している、三つの項目について最終確認ですが
質問は水曜日、まだまだ二日間の余裕がありますので
しっかりと検証して質問に結び付けたいと思います

その質問原稿とメモを添付しておりますので
興味のある方はご覧ください

なお、収入未済金についての別添資料については
「自殺対策基本法」については、インターネットで検索してください
「佐賀市の未済金一覧」については
公開することの確認をとってからの公開になります

ファイルをダウンロード

資料

企業でいえば、不良売掛金とでも言えばいいのでしょうか
佐賀市が本来収入として受取るべき税金や使用料等が
回収できずに残っているものを収入未済金といいます

不納欠損金とは、回収できないままに残ったもののうち
時効や債権者が消滅などして、回収不能金として
帳簿から消された金額のことを言います

今日、貼り付けている資料は
明日の一般質問で私が使用する資料ですが
年度別に見ていただくと、累計で30億円以上の
収入未済金が残っていることが見えてきます

また、20年度だけでも概ね3億円のお金が不納欠損として
処理されていることもわかります
また、担当部署別に見ても、回収に努力しているところと
そうでないところの差異も見えてきます

今回のこの資料も、私が形式書式範囲を指定して作ってもらったもので
市としては総括的に見ることのできるこういった資料の作成もしていませんでした
きっちりと検証するには、もう少し細かな区分と検証が必要で
今回の質問には間に合いませんでした

そのことは、次回以降の質問に回しますが
総括的にこう言った収入未済金の回収に向けて取り組みを問います
概ね11時ころからの質問になると思います

終わりました

私の一般質問が終わりました
昨日、今回の質問の資料を添付していましたが
その数字の整合性に疑義が生じましたので
昨夜遅くに、アップロードしていた資料を削除しました

昨夜は、高等学校の同級生との飲み会で
気持ちよく時間を過ごしているときに
「提出した数字に誤りがある」ということで
夜遅くに連絡を受けて、削除する次第になりました

まあ、そういったことも今後は問題にしたいと思いますが
まずは今日の一般質問では
葉隠300年記念行事については一応の成果が出たと思います
しかし、収入未済金問題では、その成果を出すことができませんでした

ただし、多くの方から、一部市職員の方からも
一元化の妥当性について、賛成の意見をいただき
心強く思いましたので
3月議会でも引き続き質問のテーマとしたいと思います


今夜は、娘が出張で佐賀に来たということで
妻を交えて一緒に夕食を獲りに行きました
妻は明日から、再び入院しますが
タイミング良く娘が帰ってきてくれたと思います

死というもの

尊厳死の取り扱いについては賛否両論
何がなんでも生命維持をしなければならないとするグループと
人の尊厳として、死を選択することの必要性を説くグループと
意見は大きく分かれてしまいます

また、今日の新聞にもありますが
呼吸補助機を外したとして医師が殺人罪に問われていますが
本人に意識があって、本人が尊厳死を選択できるのは
それこそがん患者くらいのもので
ほとんどの場合は、意識がない場合が多いと思います

そうなると家族が本人に代わって「死」の選択をするのですが
反対グループは「本人の意思」ではないということを理由にします
その理屈に立つと、尊厳死はほとんどありえない状況になり
家族と医師に選択の余地はないということになります

私の両親は、まだ生命維持に関する装置を付けることはないし
点滴に頼る食事状況でもないので、
まだそういった問題には直面しませんが
何時か、何処かでその判断を迫られる時が来ると思います

人の死亡率は100%です。死なない人はいないわけです

命を長らえても、人として生きていることの意味や
目的が存在しなくなったとき、
私は生命維持だけのための延命措置は受けたくはありません
自分の心臓と体力が尽きるときに自然に死を迎えたいと思います

将来、子供たちがそのことで迷わなくていいように
私の遺言として、無意味な延命措置を拒否する一文を残し
脳死段階での死の宣告を受け入れ、臓器の提供を
私の意思として書き残す予定です

医学の発達で、人は死なないという錯覚が起きていると
指摘している医学関係者もいます
ただ単に延命だけの医学から、人を活かす医学に移るべきとは
先般の中川医師も書の中で述べられていました

生まれた時から、人は死に向かって歩いている
真剣に死というものについて考えてみましょう

美味い酒

12月は忘年会シーズンですが
今年は例年よりも、若干ですが少ないようです
三夜待は毎月のことなので、これは月に4回必ずありますが
やはり12月ですね、今日までのうちにすでに6回忘年会を過しました

これから先に8回予定がありますので
今年は14回・・過去最高は23回ですのでやはり少なくなっています

昨日も、気の置けない仲間との忘年会で
会話にも花が咲き、本当に楽しい一日でしたが
今夜もこれから、突然入りこんだ忘年会ですが
楽しい時間が過ごせそうです

また、私は飲酒は、どちらかというと好きなほうで
お酒の種類も選びませんが
絶対条件は美味しいことです
美味しい料理と、美味しいお酒は、譲れませんし
そこに楽しい会話があれば、言うことはありません

後は体を壊さないように、飲酒量の制限と休肝日とウコンです

冷たい雨

天気が安定しない中、まさに冬景色です
落ち葉をぬらす小雨の中を散歩してきましたが
ユリ(黒柴犬)は、時折雨に向かって文句を言いながら
それでも食べたい草があると、しっかりと食べに行きます

明日からは、議会もいよいよ後半戦
月曜日と火曜日は、常任委員会で議案の審査と採決
水曜日に議会運営委員会が開かれて
最終日の議事日程が話し合われます

木曜日は、事務局の議事整理のため休会で
金曜日が本会議採決が行われて、11月議会は閉会します
先週は、特別委員会の設置についても話し合いが行われていますので
明日は9時に議会に行って、会派での話し合いも持たれます

所で今日は、病院めぐりとなりました
まずは、妻が入院している県立病院に出向き
今回から治療法が変わっているので、情況が気になっており
昨日も、今日も時間が取れる限り、顔を出すことにしています

概ね今週いっぱい入院して
副作用の確認と、薬の効き具合を確認します
抗がん剤もいくつかの種類があって、薬を変えながら
治療が続きます

午後からは、義父の施設に出向き
自宅に届けられた郵便物を届けました
そして、父の病院に回り、母の施設と回ってきましたが
父は意識がしっかりしているのかどうかさえも不明の状態でした

母は、今年の夏ごろから急速に太りだして
血圧も高めなので、心臓にかかる負担が心配です
まあ、そういうことで、今は一人住まいです

総理の上をいく

民主党政権のおかしさは、総理大臣=党首よりも
党幹事長のほうが決定権も発言力も強いところにある
事業仕分けの時にも、今回の天皇陛下の問題にしても
中身が急きょ変更された時には、小沢氏の影がある

また、今回の問題にしても
党幹事長が羽毛田氏の人事にまで言及するとは
ルールを無視した横暴であり、あってはいけないこと
内閣がこの言葉に乗ってしまわないようにと祈りますが・・・

政治家に限らず、「悪」に染まっていくと人の顔が変わります
それが最も顕著に表れるのは、どうしても政治家ですが
初当選の時の顔と比べて、今の顔がどうなっているのか
比べていくとそれが見えてくるときがあります

個々にお話をするときには、個人名を挙げてお話しますが
まあ、このブログは2チャンネルではありませんので
この中で個人名を挙げることは控えますが
ただ、小沢さんの顔が選挙後から変わったことは確かです

誰の目にも「小沢院政」が透けて見える鳩山内閣
その内閣に巣くっている身中の虫
そして一貫性のない、個々に勝手な発言を繰り返す大臣たち

以前なら、これでもかと叩いていたマスコミも
自分たちが引き出したともいえる政権なので
バッシングは自民党政権時代に比べるとかなりのトーンダウン
この国の政治はどこに行くのでしょうか

民主党がこの体たらくなのに、自民党という声はない
残された選択は、政党再編なのか
鳩山内閣の崩壊は近いと思えるが、その後はどうなるのか
政治の責任の、地方とは言えになっている者として
しっかりと見据えていきたいと思います

議会運営委員会

11月議会最終日の進行を決める、議会運営委員会が
今日、佐賀市議会大会議室で開催されました

議会運営委員会でまず審議されるのが
各会派から提出された、意見書の取り扱いです
これまでは、自民党政権でしたので、自民党系会派からは
ほとんど出されていませんでしたが
政権交代の影響もあって、その構図が変わりました

都合10本の意見書が提出され
全会一致が4本、賛成多数が4本、賛成少数が1本、取下げが1本
という結果になりました

議会運営委員会の後、議会基本条例推進会議(メンバーは同じ)が
引き続き開催されて
他市からの視察受け入れについて協議が持たれました

今、全国的に議会基本条例の制定が議論されていますが
佐賀市は、先発ではなかったのですが
それでも全国的にみると早いほうに属するので
他市からの視察を受け入れています

行政視察は、執行部の担当部署が受け持ちますが
議会基本条例は議会内部の話なので
議員が交代で受け持つことになっています
私も初めての経験なので、とても楽しみにしています

1月20日と2月4日を担当しました

佐賀市観光支援

佐賀市観光支援自動販売機の序幕式に参列しました
式典はエスプラッツ2階の佐賀市観光協会前で行われ
来賓として、除幕式の紐を引くことになりました

これは、佐賀市観光協会とコカコーラウエスト㈱が協同で設置した
佐賀市の観光に資するための自動販売機です

今回の観光支援自動販売機は、神野公園に2機設置されるということです
この他にも佐賀城本丸、ダムの駅等にも設置されていますが
自動販売機の売り上げの一部が支援金として提供され
観光パンフレットなどの作成費用に使われることになります

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既に、街づくり支援とかサガン鳥栖支援などの自動販売機もあり
佐賀市役所東側駐車場や佐賀玉屋西門にも設置されています
それぞれに、その目的に応じて売り上げの一部が支援金として
それぞれの団体に提供されています

コカコーラ・ウエスト㈱の方にお聞きすると
今後は、スペシャルオリンピック日本・佐賀の支援自販機も
計画されているということです

私も、車いすバスケット支援の自販機がほしいところですが
問題は設置場所です
人が集うところでなければ意味がありませんし
既に、コカコーラ社の自販機があるところは
設置がしにくいということでした

行政の財政も厳しく、また企業も冷え切っており
いろんな団体への支援金が枯渇し始めているときですから
こういった支援は本当に力になります

伊勢会

日本で唯一の伊勢神宮の分社である
佐賀・伊勢神社の祭典を取り仕切る実行委員会的な存在が
伊勢会です

現在の形に変わってから88年
来年の2月11日午前零時に祭典は始まりますが
意識的には2月10日の夜から・・という感覚です
その伊勢会に三度関わることになりました

最初の関わりは、第73代
福岡福麿大神の時に、事務局として奉仕しました
ちょうど、阪神淡路大震災の時でしたので
義捐金募金も併せて行ったことを覚えています
その時のメンバーとは現在でも年に2回の同窓会をしています

次は、藤井重孝大神の時、第79代
私が住まいする地区(松原地区)の小神として奉仕しました
立候補時期と重なり、初当選後に本番を迎えました
それで、すべて終わったと思っていましたが・・・

今回、第89代本島直幸大神のもとで、指定小神を拝命して
三度の奉仕となりました
実は、本島大神も三度のご奉仕で
第73代で小神(私が事務局の時)、第75代で指定小神を経験され
今回大神を拝命されました

本島様とは、第32代えびす会でもご一緒させていただいていますので
本当に深いご縁を結ばさせていただいています
また、一緒に指定小神を奉仕させていただくメンバーには
第32代えびすの方が他に2名参加されています

いやいや、自分でもびっくりの伊勢会です
今夜、先代との通渡しが行われます

雪の朝

2009121907210000.JPG

今朝の冷え込みは、ちょっと半端ではなかったですね
庭にもうっすらと雪が積もり、雪化粧です
散歩の公園も、芝生の上はしっかりと雪が積もっていて
わざと雪を踏んで歩いてみました

私の足跡と、ユリの足跡が点々と続き
元来雪好きの私は、浮き浮きとして散歩を楽しみました
橋の上などは、ちょっと凍っていて
スリップしながらの散歩は、体力を使います

昨日で年内の議会事業は全て終わりましたので
今日から暮れに向けての準備が始まります
今日は、灯油の買い出しや、食料品の買いだめ
来週からは、お墓掃除や、家の掃除なども始まります

いよいよ、今年も終わりに近づき
一年の煩悩を除夜の鐘で忘れたいものです

河川改修工事

今年の7月26日の大雨の時に
実家がある東脊振地区は洪水に見舞われました
田手川が氾濫して、実家も床下浸水に見舞われましたし
多くの田んぼが水没してしまいました

実家は川の側にあるのですが
かなり土を高く盛り上げて作られていますので
これまで幾度となく繰り返された大水でも
実家の敷地内に水が来ることはありませんでした

しかし、数年来の河川改修工事の関係で川の流れに変化が出たのか
今年は、初め実家の裏の堤防や、上流でも数か所切れたようです
それを受けて、数年後に予定されていた河川改修工事が
繰り上げられて、用地交渉が始まりました

9月に一応の説明会はあっていましたが
今日、隣地との境界査定に立ち会うことになりました

宅地は幸いなことに、河川や道路としか接していないので
相手が公的な機関ですので、登記簿通りに杭を打って確認しましが
田畑は、父の友人の方に貸してあり、数枚の畑をまとめてあり
畔道が消えているので全てを先方の査定通りに確認しました

一つ驚いたのは、敷地の一部に祖父名義の土地が残っていたことです
売買に至るまでに、一仕事出来てしまいました

なお、下の写真は実家に向かう途中でみた
脊振山系の雪景色と佐賀平野です

画像を見る

腰が痛い

数日前から、腰に鈍痛を抱えています
このような痛みがある時には、内臓が痛んでいるときがあります
これまでの経験から、肝臓が弱って来たときに
このような痛みを感じたことがあります

思えば、選挙が終わってからの飲酒量は
確かに半端ではなく多かったように記憶します
と言うことで、今日からしばらくの間、禁酒をしたいと思います
予定期間は3か月・・概ね3月いっぱいを目標とします

自分の肝臓を保護すると同時に
一つの願掛けもしたいと思っています
それは、3月20日に息子たち夫婦の結婚式をします
その日に、妻と一緒に式に出ることができるようにと・・・

この12月から薬が代わっているので
効果のほどがまだつかめていません
副作用は相変わらず厳しいようで、顔に出ています
その抗fガン剤治療を乗り越えてもらいたいという気持ちです

それともう一つが、父の病気が進み始めているということです
認知症のほうは、すでに最終段階の情況にあると思うのですが
3年前に見つかっていた、前立腺ガン
ホルモン剤注射で押さえていたのですが、進行し始めたようです

既に末期に近い情況なので、骨への転移が認められると
いよいよ痛みが出てきますので
県立病院の緩和ケアに申し込みをしておこうと思っています
また誤嚥から来る発熱もあったりと
父の状況も予断を許さないところに進行していっています

先日は、尿道がふさがって排尿ができないので
バルーンで開放させているとの報告も聞きました
せめて痛みからだけは守ってやれればと思います

クリスマス・イブ

クリスマスイブ・・子どものころはこんなに楽しい日は無かった

冬休みに入る日であり(通知表の中身は気にしないことにして)
今夜は、母が作ったごちそうと、クリスマスケーキ
隣に住んでいた家族の方と一緒の時もあったりして
楽しく愉快に一晩を過ごしていた

そして、正月に向けてそれなりの仕事はありました
家の大掃除、お墓掃除、買い物に付き合うこと
冬休みの友は、早々に仕上げて、凧揚げ、こま回し
少し寒いことを除くと、汗が出ない分走り回っていました

そして、いよいよ餅つきの時を迎えます
朝早い時間から・・というよりも前夜から準備が始まり
餅つきを行う農家の庭や、台所はてんやわんやの大騒ぎ

子どもたちは邪魔になるので、適当に追い払われますが
そんなことでめげていては、子どもの名がすたる??
「おい!ホケまくりば借りてこい」と声がかかると
とにかく、一通り町の中を走り回りますが、こっちも慣れてくると先刻承知の助

タダで帰るようなことはありえない
少なくとも、搗きたての餅か、蒸かし芋の一つでも手に入れないことには
帰ることはなかった・・そんな気がします

今日は、656広場でTMO主催による餅つき大会
学校が終業式ということもあって、今日の午後に設定されましたが
子どもの集まりがちょっと少なかったようですが
それでも、集まってきた子どもたちは楽しそうに搗いていました

画像を見る

緩和ケア

緩和ケアというシステムはご存じのことと思います
ガンの終末治療という考え方もありますが
本来は、初期ガンであっても、診断を受けたことによる
心身に及ぼす影響を和らげるシステム全体をさしているようです

財団法人がん研究振興財団から出されている冊子によると
九州には福岡県にある九州がんセンターと
佐賀県立病院好生館に緩和ケア病棟(ホスピス)が設置されているようです

佐賀県立病院好生館に先日出かけて行き
父と妻の緩和ケア病棟への予約手続きの相談をしてきました
対応して頂いた方とは、ちょっとした偶然が重なっていて
その話は、また別に機会にしますが、友人とはいいものです

妻は現在も佐賀県立病院好生館で治療を受けていますので
主治医の先生から緩和ケア病棟に連絡を入れてもらいました
また、父は本人が面接に行くことができないので
家族診断ということで28日に私が代理で面接を受けます

ガンに関する全ての治療が終了・・・延命治療が終了して
痛みが体を蝕み始める時に
まさに終末の期間を、痛みを和らげ、心のケアをしていただき
心静かにその時を迎える・・日本ではまだまだ成熟していないシステムです

ガンにせよ、介護にせよ、自宅で看病介護できるには
人的なサポートや、施設的な完備が必要です
そして何よりも看病介護する方の時間や労働を考えると
しっかりとしたサポートシステムを構築して
「行く人」も「見送る人」にもやさしくあらねばと思います

何時かは、緩和ケアにお世話になることと思います

いよいよ年末

今年最後の土曜日は、思いのほか忙しくなりました
本来は、明日行われる校区行事
しめ縄づくりと餅つき大会の準備に一日はまる予定でしたが
全く参加できずに、子ども会の役員の方々には
ご迷惑をおかけしました

一つは、28日に県立病院に予約している
緩和ケア病棟での話し合いに必要な書類の準備でした
本人が行けると良いのですが、それができないときには
家族が代理で面接を受けることになります

その際に、現在入院している医療機関からの
診療情報を提供して頂く必要がありますので
父が関わっている二つの病院に出向いて
主治医の先生から、書類を作成して頂きながら
今後に治療方法についても、ご意見をうかがってきました

また、1月に行われる、子ども会行事の「もぐら打ち」
そのもぐら打ちに使う藁の準備ができたということで
佐賀市北部の知合いの農家にも行かねばならず
午前中いっぱいは、そういった仕事に忙殺されていました

午後からは、中の小路の町内をくまなく歩き回り
八幡神社のお札を、個々の家庭にお願いに回りました
二人で組んで、概ね60軒ほどのご家庭を回ります
こちらも、3時間ほどかかって、概ね50軒を済ませました

最後に集計をして今日の作業は終わりましたが
夜はまた、別の会合が入っていて
今夜も何とか終わりました

若さ満点か?

校区子ども会の年末行事
「しめ縄づくり」と「餅つき大会」が勧興公民館で行われました
毎年恒例の行事なので、慣れたもの・・・と言いたいのですが
毎年反省材料が出てきます

私の担当は、餅つき
8時30分に公民館に行き、もち米を水から引き上げます
もち米は昨日、役員の方々が洗ってから水につけたものです
蒸はじめが10時の予定ですので、ちょっと時間が足りないかも・・
と思っていましたが、まあ何とかなりました

今回の収穫は、洗ったコメの水切りには
金属のザルよりも、竹で編まれたショウケの方が適している
という発見でした・・が、本当にそれでいいのか・・・?
兎に角、水切りが餅の仕上がりに影響を与えます

都合七臼を、石臼を使って搗きあげました
子どもたちや、参加した保護者の方にも搗きたての餅を
黄粉や大根おろしで振舞いましたが
皆さん方、美味しそうに食べてくれました

私も、当然ですが搗きましたが
流石に腰や腕に疲労が残っています

仕事納め

全国的に公務員の仕事納めの日です
私たち議員には直接関係はありません
議員は非常勤の特別公務員ですので、公務以外は
出勤の義務がないからです

それはさておいて、民間企業においては
まだまだ仕事納めではありません
私は建設関連の企業におりましたので
30日まではしっかり仕事をして、31日が大掃除
そういった時代も過ごしてきました

いやいや、31日に現場に出たことも何回かあります
営業をしている時には、当たり前に考えていました
そして年明けは当然ながら四日からですので
年末年始は、本当にゆっくりしたことがなかったようです

本社の総務部に配属になったころから
勤務時間短縮(時短)への取組がはじまり
労働基準法でそのことが制定されるにつれて
年末年始休みが長くなってきました

それでも、30日まではしっかり仕事があり
総務という立場から、最後に鍵をかけるという仕事も舞い込み
年末の大掃除や買い出しは、妻任せだったと思います

逆に、それだけ仕事に関わっていましたので
少しの休みが本当に嬉しく、大切に計画的に使っていました

もっとも、ボーイスカウトに関わっていた10年間ほどは
12月31日から1月1日にかけては、オーバーナイト登山で
ほとんど自宅で正月を迎えたことはありません

それ以前は、村長をしていた父の運転手として
東脊振村のお寺や神社参りをして
午前1時過ぎに実家に戻り、改めて酒席を持っていました

そんなこんなの年末ですが
議員になってからは、八幡神社で正月を迎えます

消防団

佐賀市消防団の年末警戒が行われています
旧佐賀市では昨夜と今夜の二日間行われます
私も毎年、この年末警戒には参加していますが
今年は少し様子が異なっています

それは、来年(平成22年)4月から本部長に就任することで
この年末警戒から「見習い本部長」ということで
中央分団本部と行動を共にしています

消防団も行政合併に遅れながらも統一化され
旧佐賀市消防団中央第2部は
佐賀市消防団中央方面隊第1支団中央分団と名称が変わっています

中部方面隊とは旧佐賀市のことで
北部方面隊(富士支団・三瀬支団・大和支団)と
南部方面隊(諸富支団・川副支団・東与賀支団・久保田支団)に分かれています

中部方面隊では
第1支団が中央分団、本庄分団、西与賀分団
第2支団が嘉瀬分団、鍋島分団、高木瀬分団
第3支団が金立分団、久保泉分団
第4支団が巨瀬分団、兵庫分団
第5支団が北川副分団、蓮池分団に分かれています

中央分団には10個の部があって、それぞれの地域を担当します
中央1部と中央2部は勧興校区
中央3部、中央4部、中央5部は赤松校区
中央6部、中央7部は、循誘校区
中央8部、中央9部は、日新校区
中央10部が神野校区を担当しています

これまで私が所属していた中央2部は
勧興校区内でも
南松原、西松原、中の小路、八幡小路、中町、米屋町
平島、西大島、東大島、多布施を担当エリアとしており
残りの地域は中央1部が担当します

結構、複雑に細かく地域は限定されています

大晦日です

いよいよ、今年もあと5時間余りとなりました
2009年、今年も本当にお世話になりありがとうございました
妻も自宅で療養中、娘も里帰りで
3人と一匹で新しい年を迎えることになりました

今日は、里帰りした娘を伴って
母、父、義父の三者詣でに行きました
正月三が日は私の行事の関係で回ることができませんので
今日回ってきました

母は、娘のことが判って、嬉しそうに話しかけていました
父は、相変わらず言葉を発しませんが
力強く私と娘の手をにぎりしめ、何か言いたげに
しっかりと目を見開いていました・・・判ってくれたかな

義父は、施設のお仲間と麻雀を始めたところで
ゆっくり話はできませんでした
麻雀は指先も使いますし、頭も使うので
ボケ防止にはもってこいのゲームです

この道中に、時間調整もあって385号線のトンネルまで
ちょっと行き戻りしましたが、途中からは雪で真っ白でした
外気温もマイナス1度と寒く、雪も降り続いていましたので
もう、この時間だとチェーン規制が厳しくなっているとのでは・・・

さあ、間もなく除夜の鐘ですが
来年とは言いながら、来月のことなのですが
来週の月曜日には仕事始めの名刺交換会です
何となくゆっくり感のない、正月ですね


2010年02月

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