佐賀市議会の議場には、国旗も市旗も掲げてありません
何故そうなったのか理由はわかりませんが
制度のもとで運用される議会に国旗等がないことには
多くの議員がこれまでも指摘してきました
議場に国旗をと言う意見は、議員の中からも出ているのですが
そう言った話をまとめる代表者会議が全会一致を基本としているために
国旗に反対する会派が一つ以上ある状態では
なかなか前進しません
そこで、今日は国旗に関する話を引用してきました
国旗としての歴史
1870年2月27日(明治3年1月27日)制定の商船規則(明治3年太政官布告第57号)に
「御國旗」として規定され、日本船の目印として採用された。
規格は現行とは若干異なり、縦横比は7対10、
日章は旗の中心から旗竿側に横の長さの100分の1ずれた位置とされていた。
この日を記念して国旗協会は国旗制定記念日を制定し、
国旗掲揚の日としている。
以後、日章旗は国旗として扱われるようになったが、
「国旗」としての法的な裏付けは太政官布告のままであり、
法令として存在しなかった。
1931年(昭和6年)2月、第59回帝国議会において
全11条及び附則からなる「大日本帝国国旗法案」が
衆議院議員石原善三郎により提案され、
同年3月26日衆議院本会議において可決された。
しかしながら貴族院送付後の3月28日、
勅命による帝国議会閉会により審議未了廃案となり、
続く第60回帝国議会に再提出されたものの
衆議院解散により再度廃案となり、結局成立しなかった。
国旗国歌法以前の法令による扱い
第二次世界大戦後から国旗国歌法制定までのあいだ、
反・日の丸を主張する勢力は
日章旗の国旗としての法的正当性に疑義を唱えることがあった。
これに対し日章旗を国旗と認める勢力は
日章旗が日本国旗であることは一種の慣習法と考えられることなどを主張、
その根拠として前出の商船規則、大喪中ノ国旗掲揚方のほかにも
複数の法令の条文中に「国旗」の文字が使用され
「日本国旗が存在することが当然の前提とされている」ことを挙げていた。
国旗国歌法の成立
1990年代末から学校の式典等における日章旗掲揚に係わる問題が頻発、
掲揚に反発する教職員(日教組)とのトラブルから
高校校長に自殺者が出るに至った。
このことに対処するため、1999年(平成11年)には国旗国歌法が公布され、
正式に国旗として定められた。
また、もともと旗印は戦の時の目印や戦闘意欲を鼓舞するためのもの
外国における国旗や国歌もそれにならっています
個人や組織の考え方によって
国旗国歌に異論を唱える向きはあっても
日章旗は日本の国旗であり、君が代は日本の国歌であります
