佐賀のために! Do! SAGA 佐賀市議会議員・福島龍一

 
龍一が語る
 

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2009年01月アーカイブ

謹賀新年

あけましておめでとうございます
2009年の幕開けです、今年もよろしくお願い致します

昨夜は小雨が交る天候の中、八幡神社で年を越しました
例年の恒例行事ですが、やはり気持が改まります
古いお札を焚き、新しいお札を頂きましたが
おみくじは、この10年間引いていません・・これからも引かないと思います

余談ですが、それには理由があります
10年前、平成11年の新年
この年は私の選挙初挑戦と、息子の高校受験が重なっていました
その年の1月1日に大宰府天満宮で引いたおみくじが
第1番大吉・・そのご縁をもっておみくじを引くことを止めました

一度家に帰ってから、今度は午前5時から佐嘉神社記念館での
元朝祭に参加させて頂きました
再び仮眠をとった後で、両親の施設訪問のために家族で出かけました

義父は、とても元気な状況で新年を迎えていましたが
私の両親はそう言う訳にはいかず
特に母は、「自分が何所にいるか判らない」と不安な顔で
最初は私をはっきりと認識できていませんでした

時間がたつと、妻のことや娘のこともわかってきましたが
今回帰省しなかった息子のことが、母の口からは出ませんでした
父もまた、私たちのことを認識している様子がうかがえず
これから先の介護について、しっかりと覚悟をきめてきました

とにかく寝不足がたたっていますが
あまり早く寝ると明日に響きますので、もう少し起きています
しかし、しかし年末から正月にかけては
本当に肥満の基が転がっているものですね

正月飾り

朝晩の犬の散歩のときに気付いたのですが
今年は、例年になく玄関飾りが少なく感じます
これも不況のせいでしょうか

振返ってみると、鳥栖に居たころ
親父がまだ鳥栖高等学校の教諭をやっていたころは
親父の収入が少なかったのか
親父たちが無頓着だったのか、それは判りませんが
〆飾りも門松も印刷された紙であったように記憶しています

実家の東脊振村に帰ったころからは
実家やその周辺に藁も、松竹梅もたっぷりありますので
自家製作で飾付をしていました

現在佐賀では紙の飾付を見ることはほとんどありません
しかし、個人の家のみならず、商家の軒にも
会社の玄関先にも正月飾りが見られないのは
どことなくさびしいものですね

さぁ!

ほとんどの所が今日まで正月休みではないでしょうか
帰省していた娘も、明日からの出社に備えて
昨日遅くに京都に帰って行きました

娘が帰った後は、もとの空間と時間が流れてきますが
どこかホッとし、どこか静かすぎるものです
そんなこともあって、玉屋に新しくオープンした
中の小路そば勢に昼食を取りに行ってきました

お店の評価は皆様方ご自身でご賞味してください
わたくしと入れ替わりに古川知事ご家族もお見えでした
この付近にあった麺処が少なくなってきていましたので
ある意味歓迎されるお店かもしれません

さて、年末から我が家付近にカラスの飛来が増え
裏庭などにごみが散乱したり
犬をからかったりしていますので
カラス対策のグッズをしかけましたが、効果のほどはどうでしょうか

さぁ、明日は名刺交換会です

名刺交換会

新春恒例の名刺交換会が、ホテルニューオータニ佐賀で行われました
毎年、毎年同じ行事が催されていますが
今年は毎年お会いする方が数名参加されていませんでした
また、新しく参加される方もいらっしゃいましたが
どことなく数が少なかったように感じました

それでも、この会に参加することで新年のご挨拶を済ませることができますので
簡略化を図るうえでは、良い取り組みだと思います

午後からは議会事務局と市役所にちょっとだけ顔を出し
新年のあいさつと、野暮用を済ませてきました
概ね良好に今年の仕事始めも進んでいるようで
明日は、福岡商店の始業式に参加します

今週の金曜日・土曜日は各所で恵比寿大祭が挙行されますが
私は、昨年に引き続き「高木八幡神社」の恵比寿祭りおります
与賀神社の方が大掛かりで認知度も高いのですが
こじんまりとまとまった良い大祭です・・お出かけください

年越し派遣村

坂本総務相政務官が、年越し派遣村について
「本当に働こうとしている人か?」といった疑問を投げかけていますが
この意見に私もある意味賛同します

今朝のニュースで、派遣村にいた人へのインタビューでも
「周りの人を見ていると、最近まで働いていたとは思えない」
「働こうという意思が見えない」などと言った回答が出ていました
映像からも、それがうかがい知れます

民間の取り組みで、救済的な行動を起こされることには
頭の下がるところで、そういった行為を否定することはありませんが
救済者すべき人たちの人数の把握や、救済施設などに
幾ばくかの不手際があったことについては、問題が残ったのではないでしょうか

災害救済と異なって、就職活動と言う個人レベルでの問題が絡み
あえてフリーターを希望した方々もいたはずです
自由に職の移動ができると派遣労働者になった方々も多かったはずです
そう言った個人的な責任をも、丸抱えで問題視することはできないかもしれません

「自分たちの責任です」と言った失業者が60%を超えているという現実からも
全てが国や企業の責任だと転化する人ばかりではなく
「仕事は自分で見つける」とい力強い言葉を残して
あえて派遣村を出て行った方もいるやに聞いています

実際に職安に行くと、全く仕事がない訳ではありません
介護の現場や、以前3Kとか6Kとか言われた厳しい労働環境の仕事は
今でも人手不足で、困っているといわれています
どこかに構造的な問題が潜んでいるとしか思えません

ただ、企業側にも雇用責任と言うものがあります
以前の日本企業は、厳しい時にも何とか雇用を続けようとし
経営者、雇用者が一緒になって苦労してきたものです
そう言った日本的企業の良さがなくなってしまってきている
アメリカナイズされてきた結果の問題がここにもあると思います

文字の意味

今朝のテレビに、佐賀県と福岡県の県境にある脊振山が出ていました
そのテロップを見ていて気付いたのですが
佐賀県神埼市脊振と地名は良かったのですが
山の名前が「背振山」と以前の表記で出ていました

以前は確かに、背振山と言う表記で
地名も、背振村、東背振村と書いていました
しかし、「背」は「そむく」と言う意味ですので
本来の「せふり」の意味である「脊」と表記されるようになりました

「脊」は脊椎」と言う意味から、左右を振り分けるとか
中央が高くなっているところ(山、屋根の高いところの意味)
と言った意味を持ちます
「脊が高い」も「脊」を使う方が正しい意味で
背中と言った意味では「背=後ろ、そむく」が正しい表記です

もっとも、一般的には「背」で表記することが多くなってしまい
「脊」の表記は少なくなってきています
父が村長の頃に「背」から「脊」に表記が変わりましたが
父は、元に戻ったと言っていました

おまけですが、神埼郡、神埼市の「埼」も「崎」ではありません
これもよく間違って表記されることが多いようです

明日から

明日と明後日は、高木八幡宮のえびす祭りです
どうしても、与賀神社のえびす祭りの方が大きいので
お客さま方はそちらに足が向いてしまうでしょうが
高木八幡神社のえびす祭りも、それなりに楽しいお祭りです

派手さや、イベントはほとんどありません
地域のお祭りと言った感が強く、すべて手作りです
業者が入りませんので、会場設営も自分たちでやります
その分、かかわった方々との絆ができます

昨年に引き続いて今年も小えびすとして勤めております
よろしかったらお参りください

高木えびす

《携帯から》
 
昨夜から、高木八幡神社の十日えびすにいます
境内の風景を送信します


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ところで、読者の方から議会事務局へお電話があり
私の書き込みの、文字変換ミスについてご指摘を受けました
書込みを読みなおせばいいのですが
ほとんどの場合、読み直すことなくアップしています

自分で後から気付いた時には、急いで直すのですが
どうしても、後手後手に回ります
以前も直接お電話を頂いて修正したことがあります

私のつたないブログをお読み頂き
尚且つこの様にご意見を頂くことに励みを感じます
今後とも、「おかしいところ」がありましたらご指摘ください

行事が目白押し

9日、10日と高木八幡神社の十日えびす祭りにはまっていました
9日は、最終最後まで深夜に及んで飲み続けていましたが
10日は夕方からの勧興公民館祝賀会に備えて
えびすでは、一切飲酒をしませんでした

が、祝賀会からその後につづいた会合では
思いのほかに酒量が進んでしまいました
出来るだけ禁酒、減酒、節酒を心がけているのですが
その場の雰囲気で規制が緩くなってしまいます

そして、昨日は佐賀市佐賀消防団の出初式
朝7時30分に八幡神社で今年の安全を祈願してから
勧興小学校のグランドで式典が行われました
とにかく寒く冷たい朝で、足の先までしびれていました

この日は行事がおおく
その後は、西大島消防隊の出初式にも参列しました
一度家に帰って、初釜、初活けの会にも出席
夕方からの消防団の祝賀会の途中からは
唐人町の街かど広場に出向いて行きました

ライトファンタジーのファイナルイベントに参加しました

そして今日は、モグラ打ちとほんげんぎょ
勧興校区のほとんどの子ども会がモグラ打ちを行います
そして、勧興公民館でほんげんぎょを行います

町の真ん中で、畑もないのにモグラ打ちです
校区内の至る所に藁屑が落ちていると思いますが
これは縁起ものですので、意識的に掃くことはしません
自然にいつの間にか消えていきます

そしてほんげんぎょでは藁や竹を燃やします
なんと我が家まで燃えカスが飛んできていました
無病息災を祈る行事です

餅を焼いて、雑煮をふるまい
残り火では焼き芋がこんがりと出来ていました
ついつい食べ過ぎて、ここ数日で肥満傾向です

視察に行っていました

会派での視察に行っていました、13日から今日までの2泊3日
京都府木津川市と広島県江田島市の二つの市
視察項目は、木津川市が「合併後の課題」について
江田島市は「定住促進事業」についてでした

視察報告については、後日アップさせて頂きます
写真は江田島市役所江田島支所前で、江田島市議会議長さん方と
視察終了後に記念の一枚
風は冷たかったのですが、気持ちの良い天気でした

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視察は、勤務時間と同じく夕方5時までに終了します
また、視察をお願いする市役所との関係もあって
視察時間は、概ね1時間30分から2時間程度です
そして、出来るだけ視察をお願いする市域に宿泊することにしています

夕食そしてその夜は、視察先の街を楽しむことにしています
ただ、今回はいくつかの町が合併してできた新しい市でしたので
宿泊施設が十分でなかったこともあって、近くの市に宿泊しました
木津川市は奈良市に、江田島市は呉市に泊まることになりました

奈良市では近郊にあった猿沢の池などを
呉市では、以前視察して時には準備室しかなかった
大和ミュージアムを見学してきました
こういった少ない時間での見学もまた、視察の大きな収穫となります

また、今日は江田島市と言うこともあって
帰りの交通機関までの時間に、昼食を兼ねて
海上自衛隊の訓練学校をご案内頂きました
佐賀市川副町出身の方に校内をご案内頂きました

視察続き

視察報告書を張り付けています
A4サイズで2枚にまとめておりますので、興味のある方は
ご覧になってください。

ファイルをダウンロード

また、「ふくしま通信」の第40号をアップしています。
既に各戸配布や郵送でご覧になっている方も多いと思いますが
お届けしていない方々は、ぜひご覧ください

国旗について

佐賀市議会の議場には、国旗も市旗も掲げてありません
何故そうなったのか理由はわかりませんが
制度のもとで運用される議会に国旗等がないことには
多くの議員がこれまでも指摘してきました

議場に国旗をと言う意見は、議員の中からも出ているのですが
そう言った話をまとめる代表者会議が全会一致を基本としているために
国旗に反対する会派が一つ以上ある状態では
なかなか前進しません

そこで、今日は国旗に関する話を引用してきました

国旗としての歴史

1870年2月27日(明治3年1月27日)制定の商船規則(明治3年太政官布告第57号)に
「御國旗」として規定され、日本船の目印として採用された。
規格は現行とは若干異なり、縦横比は7対10、
日章は旗の中心から旗竿側に横の長さの100分の1ずれた位置とされていた。

この日を記念して国旗協会は国旗制定記念日を制定し、
国旗掲揚の日としている。

以後、日章旗は国旗として扱われるようになったが、
「国旗」としての法的な裏付けは太政官布告のままであり、
法令として存在しなかった。

1931年(昭和6年)2月、第59回帝国議会において
全11条及び附則からなる「大日本帝国国旗法案」が
衆議院議員石原善三郎により提案され、
同年3月26日衆議院本会議において可決された。

しかしながら貴族院送付後の3月28日、
勅命による帝国議会閉会により審議未了廃案となり、
続く第60回帝国議会に再提出されたものの
衆議院解散により再度廃案となり、結局成立しなかった。

国旗国歌法以前の法令による扱い

第二次世界大戦後から国旗国歌法制定までのあいだ、
反・日の丸を主張する勢力は
日章旗の国旗としての法的正当性に疑義を唱えることがあった。

これに対し日章旗を国旗と認める勢力は
日章旗が日本国旗であることは一種の慣習法と考えられることなどを主張、
その根拠として前出の商船規則、大喪中ノ国旗掲揚方のほかにも
複数の法令の条文中に「国旗」の文字が使用され
「日本国旗が存在することが当然の前提とされている」ことを挙げていた。

国旗国歌法の成立

1990年代末から学校の式典等における日章旗掲揚に係わる問題が頻発、
掲揚に反発する教職員(日教組)とのトラブルから
高校校長に自殺者が出るに至った。
このことに対処するため、1999年(平成11年)には国旗国歌法が公布され、
正式に国旗として定められた。


また、もともと旗印は戦の時の目印や戦闘意欲を鼓舞するためのもの
外国における国旗や国歌もそれにならっています
個人や組織の考え方によって
国旗国歌に異論を唱える向きはあっても
日章旗は日本の国旗であり、君が代は日本の国歌であります

駅伝大会

佐賀市校区対抗駅伝大会が、小雨降る中で開催されました

昨日は、阪神淡路大震災を教訓を生かすための
防災訓練も神野小学校で開催されていましたが
校区体育協会会長と言う立場もあって、駅伝大会に行きました
・・と言うことで、防災訓練には中央分団第2部のほかの団員が行ってくれました

その、校区駅伝大会に行く前には
寺町で行われた、廿日えびす祭りに参加させて頂き
3連恵比寿(佐電工事務所前)をお祭りしてきました
抽選会もあって、町内での手作りのお祭りはほのぼのとしたいいものです

さて、駅伝大会ですが
以前は城西中学校を起点とした本庄エリアで行われていました
その後総合グランドを起点とした若楠エリアに移動しましたが
交通量の多さが大会の障害になることから、今年から東与賀に移動しました

シチメンソウ公園を起点として28チームが参加しました
あいにく途中から小雨が降る天気となりましたが
選手の方々の頑張に多くの声援が集まっていました
我が勧興校区は、5位(昨年7位)と大健闘・・入賞しました

スタートの場所や方法に若干の工夫を加える必要はありそうですが
会場としては申し分ないと思います
ランナーからも先を走る選手が見えるので
追いかける意欲がわき、走りやすかったという声もきけました

私も双眼鏡をもってランナーを追いかけました

力強い応援

はがくれ車椅子バスケットボール大会が資金難から
中止に至った経緯は、以前にも書き込んでおりますが
各方面から「再開」を応援するメッセージが寄せられております
本当にうれしい限りです

3月いっぱいに新体制に引き継ぐつもりで準備を進めていますが
それを前倒ししてでも取りかかる必要があるようです
今日もまた一つ、うれしい応援を頂き
止める事の出来ないものがあることを痛切に感じています

具体的に形が固まったらまたお知らせいたしますが
車椅子バスケット応援チャリティコンサートの計画が上がっています
しかもそれを企画してくれている彼は
末期がんと闘っている方で、彼の前向きな態度に勇気をもらいます

一人では出来ないことでも
多くの方々の力添えをいただくことで実現できること
そして、そう言ったつながりのなかには
思いがけない出会いや、交流が生まれてくることに
今日も、うれしく感謝する一日です

経済企業委員会

3月議会まで、まだ一ヶ月以上あります
佐賀市議会は基本として3の倍数の月に定例議会を行いますので
次は3月になって、平成21年度の当初予算を審議する
3月議会が開会されます

定例議会と定例議会の間には、特別委員会が開催されます
また常任委員委員会に関する案件に関して
「研究会」と言う形で、研究会が開催されますが
今日は、私が委員長を務める経済企業委員会研究会でした

私と重田議員(副委員長)のコンビになってから
閉会中に必ず一回は研究会を開き
広くなった佐賀市のいろんな所に実際に出かけていくことを
推進してきました

今日は、川副から富士まで、実に広範囲に渡って視察してきました
現地視察は
1、川副町水産振興団地建設予定地
 これは、もともと川副町下水道施設予定地として整備しようとした場所で
 合併によって建設する必要がなくなった土地に
 海苔の関する施設を建設しようとするものです

2、西山田農園
 平成20年度農山村活性化プロジェクト交付金事業で
 開設された農園です
 ここで、「そば打ち体験」をして昼食をとりました
 その時の写真です

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午後は、富士支所の会議室でいくつかの事業におついて説明を受けました
① 佐賀市バイオマスタウン構想について
② 鳥インフルエンザ発生時の対策について
③ 平成21年度有害鳥獣(イノシシ)駆除対策事業について
④ イノシシ処理加工施設について(平成21年度農山村活性化プロジェクト交付金事業)
⑤ ダムの駅・情報センターについて

その後、⑤に関して実際に現地を視察
また、菖蒲交流施設(平成20年度農山村活性化プロジェクト交付金事業)
の建設現場に出向き、地元の方とお話をさせていただきました

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最後の写真は、佐賀JAが富士町杉山に開設している
畜産生産基盤実験農場の肉用牛繁殖実験農場です
佐賀市が直接関わっているわけではありませんが
佐賀市の経済産業を所管する委員会として、視察させていただきました

寒波到来

この二日間の寒さで書き込みを忘れたいた訳ではありません
23日、24日と三夜待が続き
寒さも手伝って、帰りが遅くなり書き込めませんでした
おかげで、体重も少しリバウンド…今日から頑張って修復です

20日からは、娘が仕事で帰っていました
佐賀大学、長崎大学、そして福岡支店での
就職面接で日本新薬の採用係としての仕事で泊っていました
佐賀大学では2名しかエントリーがなかったとのことで
少しがっかりしていました

就職して2年目ですが
人事課採用係員として、各地の大学を飛び回っています
自分のカバン、パソコン、プロジェクター、カタログを抱えて
一人で各地を飛び回っています・・頑張っているようです

昨日は、そんな娘を送りに福岡まで妻と一緒に出かけました
雪で新幹線が動かなくなるといけないので・・ということで
娘を送った後で、この3月で閉じられるデイトスで
母の外出用のコートと私のネクタイを購入しました

そして今日は、三者廻り、母と父と義父と
義父の所は、睡魔が襲ってきていたので失礼して
妻が言っている間は、車の中で惰眠をむさぼっていましたが
今日は父も機嫌がよく、母もコートを喜んでくれて
なんとなくうれしくなった一日でした

森林・林業活性化

佐賀市森林林業活性化促進議員連盟という組織があります
佐賀市議会議員全員が所属して、植樹や下草刈りなどの活動も行っています
その、議員連盟の研修会と言うことで
伊万里市にある、中国木材株式会社に行きました

写真は、その工場で自然乾燥させている木材貯蔵所です

IMG_5551.JPG

中国・・と言う会社名は、本社が広島県にあるということで
中国地方にある会社と言うことでの命名で
中華人民共和国ではありません

中国木材株式会社は製材された木材を利用して
無垢材は勿論ですが、集成材を作って
より強度の強い、負荷に耐える事の出来る木材を作っています

今日見学したのは、いくつかの種類の木を貼り合わせていく工程と
プレカットと言う、コンピューターで木材をカットする工場を
概ね2時間にわたって見学していきました

集成材では、特性の異なる木材を貼り合せたり
これまでなら使う事の出来なかった部位が
のこぎり状にカットして貼り合わせることで
資源の有効活用に繋がっている所も見て回りました

さらに、貼り合わせで使う接着剤から出る有機剤の検査や
強度試験の模様なども見せていただき
木材工業の進歩を見てきました

なお、近隣の敷地内に
素木材を取り扱う、伊万里木材市場
さらにそれを製材する西九州木材協同組合も隣接され
共同で一連の産業を支えています

節分祭

2月3日は節分です
佐賀の節分祭は佐嘉神社の干支の会による豆まきが有名ですが
私が氏子を務めている龍造寺八幡神社の節分祭も
今年で4年目を迎え、いよいよ板についてきました

明日の午後に八幡神社で景品作りや
豆の準備をしますが、全てが手作りによる節分祭です
県庁通り商店連盟事業部(旧青年部)による
汗を流して、駄洒落を飛ばして、和気あいあいの準備があります

もちろん私も準備に参加します
本当は、このページにパンフレットを掲載したかったのですが
重たすぎて、アップすることができませんでした
この後、新着情報でもご案内しますので
そこでまた挑戦したいと思います

さて、2月3日は午後から八福神による巡幸の後
午後4時15分と、4時45分の2回にわたって
年男、年女によって豆が撒かれますので
多数の方のご参加をお待ちしています

夕方からは、唐人町の新年会が予定されていますので
明日の夜はアップできないと思います

タミフル

今週の初めころから、少し体調不良を感じていましたが
ついに昨日ダウンしてしまいました
昨日の検査では、「普通の風邪」という診断でしたが
今日改めて検査をしたところ、インフルエンザの可能性を指摘されました

昨日も点滴を打って薬をもらって帰りおとなしく寝ていました
昼間は熱が上がり続け、38.5度まで行きました
予備にもらった解熱剤で、なんとか治まりました

早く治したい一心で今朝も病院に行って
昨日からの症状を話したところ、「もう一度検査しよう」と言う事になりました
その結果、数値がインフルエンザの可能性が強いということで
抗生剤入りの点滴を打って帰ってきたところです

今の所は熱もなく、関節などにも痛みはありませんが
処方として「タミフル」をもらってきました
服用時に精神的な異常を引き起こすこともあるという
あの、タミフルです

ただ、私の強みは食欲が落ちないということです
どんなに熱があろうとも、身体がきつかろうと
なにがしかの食物を口に入れることができるということです
おかげで、割りに早く回復に向かうことができます

もっとも、一昨年のノロウイルスのときばかりは
食べるに食べられず、往生しましたが
食に勝る回復機能は無いようです

寝太郎

風邪に限らず、体調を崩した時は、ただ一途に寝ています
妻が呆れるくらいに、寝て寝て寝ています
身体の調子が本当に悪い時には、どれだけでも寝ることができます
多少腰が痛くなっても、寝すぎることがありません

そして、寝ることができなくなってくると
これが、回復の兆しを計るバロメーターとでも言うのでしょうか
昼寝すぎると夜寝れなくなってきます
そして、寝ることに飽きてきます

これは親父譲りの健康法で、非常に動物的な方法なのですが
自分にとっては効果抜群の療法となっています
ですから、その間の行事は一切キャンセル
特に風邪の場合は、人にうつさないことも考慮されての方法です

ただただジッと天井を見つめて寝ていると
いろんなことを考えます
自分自身を見つめ直すにもいいタイミングです
考えに飽きたころに、本当の眠りについています

神が与えた休養だと解釈して、惰眠をむざぼっています


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