佐賀のために! Do! SAGA 佐賀市議会議員・福島龍一

 
龍一が語る
 

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2008年12月アーカイブ

師走になり

12月
この2年間の12月は、本当にいろんなことがあった2年間でした

まず2006年12月は、13日の早朝に父が倒れて
一連の大騒動の火ぶたが切られた年でした
しかも、その日からノロウイルスだったのか牡蠣に当たったのか
一週間とにかく強烈な腹痛と下痢に苦しんだ年でした
(それ以来牡蠣は食べていません)

そして2007年12月は、妻の手術があった年で
12月のほとんどを独身生活で過ごしました
多くの方々から助けていただきました

今年の12月は平穏無事に済んでくれることを願っています

そう言うこととは関係なく佐賀市議会12月定例議会が開会しました
冒頭に、11月に逝去された平原康行議員に対して
家族の方々も同席の中で、弔辞を読み、黙とうを捧げました
62歳というあまりにも早いご逝去でした

風邪も峠か

こじらせていた風邪も、どうやら峠を越えそうです
市販薬に頼らずに早く病院に行っていれば良かったのでしょうが
そこは素人考え、なんとかなると思ったのが
ここまで尾を引いてしまいました

それでも、咽喉の痛みはなんとか治まってきましたし
あとは鼻が治まれば完治でしょうが・・・
最後の詰めがなかなかに時間がかかりそうです

さて、今日と明日は開会中の休日になっています
もっとも、今日は下水道汚泥に関する予算を
来年度まで繰り越させるための委員会があっています
これは、堆肥化の実験や地元との協定に時間がかかったために
今年度中に実施できなくなったための措置です

行政の予算は基本的には年度内に執行しなければなりませんので
予算を次年度以降に繰り越すためには
こういった措置をとります・・予算をいじる時には議会承認が必要です
こういった事例は多いものです
特に用地買収などで時間がかかる「工事」に関するものが主です

この開会日後の休会は、毎議会ごとに設定されていますが
これは、一般質問について執行部が答弁を準備する為です
今度の議会でいえば、4日から毎日4~5人の議員が質問するわけですから
その準備には、結構な時間がかかると思います

まさか、議員の質問を代わって書いている職員はいないと思いますが・・・

どうする麻生総理

一日毎に支持率が下がっているような状態の麻生総理
このままいけば総選挙をすることなど思いも及ばないのではないか
自分が総理大臣であることに満足してしまっている感のある
やはり、ミーハーな方だったのかな・・・と思ってしまいます

地方選挙において、特殊な政党は別として
所属政党とはあまり関係のないところで支持を受けていますので
国会の動向が直接響いてくることは少ないのですが
国政選挙はそうは言っておられません

個人的には応援したいが、自民党に入れたくない・・と
そういった意見をよく聞きます
病院関係者は特に厳しく、例の発言もさることながら
医療制度崩壊をもたらした自民党・・ということになっているからです

では、民主党がそこまで強い支持を受けているのかと言えば
どうも、そういうことでもなく
自民党が嫌だから対極としての民主党かな・・といった程度のようです
ただ、世論は一日にして動きますので・・そこに期待するしかないようです

先日、市民の方からこう言ったご意見を頂きました
「選挙して落選しても、結局また比例区で上がってくるなら
 選挙する意味がない」
といったご意見です

坂井隆憲議員、原口一博議員、大串博志議員、広津素子議員が
小選挙区で落選し、比例区で救われた例があります
確かに、小選挙区制と比例区との関係は分かりにくいと思います

また、比例区の考え方において、自民党と民主党では考え方が違います
自民党の場合は、比例区選出議員が数名必ず立候補して
自民党枠の最後の1議席か2議席の部分に
小選挙区の候補者が同列で並んでいます
(小泉選挙の時は、刺客を当選させるために、刺客は比例でも上位でした)

しかし、民主党は小選挙区の候補者全員が同列で上位に登録され
比例区のみの候補者は居ないといった状況が続いています
このために、「民主党候補者は小選挙区で落選しても比例区で救われる」
と、言われている所以です

双方とも、必ず救われるといった保証はありませんが
福岡代議士の第一回目の選挙の時は、自民党惨敗で
比例区の枠内に届かなかったといったこともありました
その時の、政党得票率が大きく関与してきます

確かに制度としては分かりにくい制度ですが
比例区をなくすと、少数政党からの議員がいなくなりますので
以前のような中選挙区に戻したほうが
国民には分かりやすい選挙であるといえます

あれこれと

ジーンズを買いに行きました
何故かというと、ダイエットでウエストが締まり、
サイズが合わなくなってきたからです
特に綿パンは88センチや91センチなのでガバガバです

ジーンズも35とか36のサイズで穿いていましたが
昔のジーンが見つかり、これは33でしたのでラッキーと思い穿いていますが
洗い替えがないのでと思って買いに行ったのですが
なななんと32サイズが穿けました・・・センチ表示では81センチ
やはり、もうリバンドしないように心掛けるしかないです

よく言われている標準体重では58~59キロなのですが
骨の密度や体質で一概にそれが当てはまるとは思いませんので
自分なりの目標体重は65~68キロの範囲にいることです
68キロは最初の選挙の直後の体重で
65キロは大学時代の体重です・・・後5~6キロの勝負です


佐賀新聞の「声に出して読む名作」に
佐賀県千代田の出身である、下村個人著作の
「この人を見よ」ー田沢義鋪の生涯が連載されています
日本青年団の父と称される佐賀県鹿島の出身者です

先般の清渓セミナーの所でも紹介しています
日本青年館に鎮座いしている銅像の写真が掲載されていますので
よろしかったら11月19日の当たりをご覧ください

読み進めるうちに、氏の偉大なる功績と精神に
ただただ感じ入るばかりです

質問終わる

一般質問は終わりました
自分なりには、言わねばならないことの90%を
言えたのかなと思っています

以前も書きましたが、質問の緊張感を保つために
私は一問一答の詳細や内容を明らかにはしません
なにせ、総括質問の答弁も聞いていないわけですので
一問一答の原稿があるのが不思議です

私も質問の原稿を全く書かないということはありませんが
ほとんどメモ状態で、質問するポイントを忘れないようにと
書き留めているの程度です
それを一問一答と勘違いしている執行部にも困ったものです

また、誰と固定することはできませんが
一問一答に至っても原稿をしっかりと読んでいる議員がいます
執行部でも、聞かれてもいないことまで、原稿を読む部長がいます
自分で書いたはずの原稿を読み間違える人もいます
(オンデマンドで録画を見ていただければわかるかも・・・)

さらに、ヒアリングの時に「ご期待に添える答弁が出ないかもしれません」
などと言ってくる執行部がいますが、とんでもないことです
ヒアリングは、私が質問したいことの内容を把握していくためのもので
サービス的な答弁をお願いするものではありません

議員の質問に対して、気に入った答弁でもってお茶を濁したい
そのような気持ちがどこかにあるとすれば
それは一般質問とは言えませんし
議会に対する冒涜でしかないといえます

執行部と議会、正面から堂々と議論したいものです

四国にて

思いもよらずこの冬一番の寒波の中、四国にいます
佐賀から博多に向かうJRの中からみた山は
低く垂れ込めた霧ともつかぬ雲の合間から
うっすらとした雪化粧を覗かせていました
 
それは、鳥栖に向かうほどに白さを増し
山裾へと降りてきていました
一昨日の木枯らしともつかぬ風に耐えた紅葉との
暗い空の下でのアンサンブルは寒さを際立たせます
 
鳥栖駅を出る頃から、雨は雪に代わり
基山からは家々の屋根や田畑もかすかな雪化粧
『冬だなぁ』雪が大好きな私にとっての
この上もなく、嬉しく楽しい季節の到来です
 
博多で新幹線に乗換る頃から雪は激しさを増し
トンネルをひとつ抜けるとそこは一面の雪景色
次のトンネルを抜けると冬枯れ景色と
車窓の景色は、その時おりに変化して行きます
 
岡山から四国に向けては、各駅停車です
乗換の都合で、目的地・三豊市高瀬には
特急を使っても変わらないと言うことなので、
のんびりとローカル線を楽しんみました。
 
流石に瀬戸内は温かく、陽射しも嬉しいのですが
風は思いの外強く、瀬戸大橋からみた海は
思い描いていた瀬戸内海とは違い波立っていました
 
さて、何の目的で四国に行ったのかと言うことについては
明日にでも報告します
今は、帰りのJRの中です。

改革派首長からの提言

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写りがよくありませんが、写真の人物は
左側が福嶋浩彦氏・・元我孫子市の議員・市長
右側が木下敏之氏・・ご存知の元佐賀市長
写真には映っていませんが、もう一人森亮二氏・・前流山市議会議員

香川県三豊市で開催されたフォーラム
「道州制の議論の前に考えるべきこと」と題する東京財団政策研究部
・・日本船舶財団の傘下にある団体・・が主催するフォーラム
歯に衣着せぬ内容での、地方自治体の改革を提言していきます

清渓セミナーでお会いした、四国の市議会議員の方からお誘いで
土曜日という日にもかかわらず参加しました
今回のセミナー参加は、すべて私費参加なので、結構フリーに行きました

木下氏は前髪の白髪が以前よりも目立つようになっていましたが
お元気そうで、3年ぶりの再会でした
福嶋氏とは初めてお会いしましたが、小柄な方でした
しかし、そのパワーには圧倒するものがあり
改革を叫ぶ政治家の方であれば、一度はお話をするべき方だと感じました

セミナーの内容は、ほとんどが市長(あるいは執行部)と
議会(あるいは議員)との関係に関するもので
本来議会とはどうあるべきで、どういう機能と権限があるのか
栗山町議会などが例にたとえられながら2時間のセミナーでした

機会があれば、レポートを作成します
(私費参加なので、議会へのレポート提出の義務は無いのですが)

さて、セミナー終了後にすぐに佐賀に帰ってこなかった理由については
明日にでも書き込みたいと思います

四国にて

200812061542000.jpg

写真は、銭形砂絵(ぜにがたすなえ)
香川県観音寺市にある寛永通宝を模した巨大な砂絵である。
縦122メートル、横90メートル、周囲345メートルの楕円形をしており、
琴弾公園山頂の展望台からみると真円に見えます。

謂れは「1633年(寛永10年)に、
丸亀藩藩主の生駒高俊侯が領内を巡視することになった折、土地の人々が歓迎の気持ちを現わすため、急遽白砂に鍬を入れ一夜にして作りあげて
藩主に捧げた」と伝えられている

例年春季と秋季の「銭形化粧直し」や、
台風などで砂が流されたりした際には、市民総出で補修工事が行われる
「銭形」にちなみ、世界中の貨幣を展示する
「世界のコイン館」が琴弾公園内に設置されている。

「銭形を見たものはお金に不自由しない」という言い伝えがある
旧観音寺市(合併前)のシンボルマークになっていた
テレビ映画「銭形平次」のタイトルバックに使用されている
「桃太郎電鉄」シリーズでは臨時収入イベントとして登場する。

この近くの三豊市にいる知人の家に泊りこんでいました
金光寺というお寺で、裏庭に枯山水があります
下の写真がそれです

200812071010000.jpg

そこで、久々の再会を喜びながら、痛飲してしまい
その余波がじわじわと、体重増加という結果で表れてきています

余談
昨年発症した花粉症対策として
レーザーによる鼻腔治療をしてきました

肥満は後からやってくる

毎朝、毎朝、同じ条件のもとで体重を量っています
また、一日に数回、特に寝る前にも量っています
前の日にたくさん食べたり飲んだりした時は、さすがに増えています
また、むくみが感じられる時にも、確かに増えています

しかし、それは数量的に、容積的に多く摂取した時のことで
排泄とのバランスで、日々大きく動いています
しかし、摂取カロリーが大きい場合の増減は
数日あとから、じわじわとやってきます

先週末の四国においてのカロリー摂取量は半端ではなく
特に、日本酒において相当量の摂取をしていますので
これらのカロリーを消費するには、それ相応の時間と運動が必要なようです
ここ数日、確かに体重が微増しています

もう一つの目安である「むくみ」は
結婚指輪で見ることができます
むくむと、結婚指輪が指から抜けなくなります
こういった場合は塩分や水分の取りすぎです。比較的早期に解決します

さて、昨夜の火事ですが
火災発生が18時31分、鎮火は19時58分でした
我が家では、夕食が始まったばかりの、18時45分頃に
出動命令が飛び込んできました

夕食は釜揚げうどんだったのですが、一口も食できませんでした
大急ぎで着替えて、現場に駆けつけました
火元は2階で、屋根を突き上げて炎が上がっていました
私が住まいする、中の小路での火事でした

詳しい出火原因は今日現場検証されていると思いますが
小耳にはさんだところによると、パソコンからの失火だということです
不幸中の幸いは、隣家への延焼がなかったことです

すべての作業が終わって帰宅したのは10時を回っていました

2年が経ちました

父が倒れてから2年が経ちました
正確に言うと、あと10時間後に「その時」を迎えます
平成18年12月13日午前4時頃のことでした
今思い起こしても本当につらい時間だったことがわかります

今の父のことを訊ねてくれる方がいますが
今の父の状況を説明すると、ほとんどの方が
「悪いけど会いたくない」「会えない」と言われます

元気だったころの父を知っている方、父に近かった方ほど
そういう気持ちになるのではないかと思います
「だからこそ会いたい」と言っていただく方も稀にはいますが
ほとんどの方が、「すまん」と言われます

それで良いと私も思っています
元気かった頃の、「どうしようもない親父」の思い出を
どうか大事にしていただいてほしいと思います
会われても、父には誰が来たのか判別がつきません

明後日の日曜日に、両親にあいに出かけます

休日は大忙し

昨日、今日と休日が続きましたが
議会中の休日には個人的な用件も組み込みますので
結構忙しいものです

昨日は、まずは町内の粗大ごみ回収作業から始まりました
年に2回、各家庭に呼びかけて町内の粗大ゴミを回収します
朝、8時30分からおおむね1時間30分ほどで作業は終わりますが
町内副会長としての仕事の一つです

10時頃には勧興公民館に出向き、12月のまちの駅に参加です
今月は「親子カレー味自慢大会」や
「この指とまれ」(生涯学習フォーラム)が開催されるなど
盛りだくさんということもあって、興味深く出かけました

12時15分にフォーラムが終わると
再び町内に戻って、火災報知機の設置協力です
民生委員さんと一緒に独居家庭や女性だけの家庭にお邪魔し
火災報知機を設置していきました

最近町内で火事があったばかりなので
皆さん方待っておられました
そして夜はこれまた町内の三夜待と続き、静かに夜は更けていきました

そして今日は、両親の施設訪問を以前から予定していました
ところが、新聞を見てびっくり
とてもお世話になった方と、お仲間のご尊父様がお亡くなりになっていました
しかもご葬儀の時間が全く同じ時間ときています

まあ、とにかくなんとか時間をやりくりしてすべてを済ませましたが
一番時間がかかったのは、義父のパソコンの入れ替えでした
これまでノート型パソコンを使っていましたが
デスクトップに乗り換えるためのセットアップに多少時間をかけました

途中でご葬儀に行ったり、足りないソフトを買いにいったりと
同じ道を非効率的に行ったり来たりしましたが
日暮れまでに済ませることができましたのでOKです

父について(このブログで父の情報を見られている方に)

先月、急に立ち上がって転んだことが原因で
今は、ほとんど寝たきりです
2年前も転んだことが原因で、現在に至っています
今日は、私のことも理解してくれていましたが
ちょっと元気がなく、気にかかる模様でした

さてどうなる

麻生総理の支持率の低下は目を覆うばかりですが
総理大臣は国会議員によって選出されていますので
最大多数政党の党首がその任に就くのが通例で
その責任は直接国民ではなく総理大臣を選出した国会に問われるものでは・・

国会議員と地方議員との大きな違いは
住民による罷免権があるかないかです
地方議員にはリコールと言う制度によって
議員の職を罷免する権利が住民に付されています

つまり、地方議員は住民から白紙委任を受けているわけではありません
これは首長にも言えますが
県市町村の首長は住民によって直接選任されますが
やはりリコールと言う制度で住民から罷免されることがあります

しかし、国会議員にはリコール制度がありません
つまり国会議員は国民による白紙委任を受けているといえます
その国会議員が選択した総理大臣もまた
直接国民から罷免を受けることはありません

そう言う制度の中で総理大臣の支持率を問うことに意味があるのか
どこか疑問に思えます
正常なる民主主義と良識ある国会議員での審議で
国民に負担をかける決定がなされた場合
支持率は下がるでしょうが、それは必要な措置であったと言わざるを得ません

ただ問題は、正常なる民主主義と良識ある国会運営が
本当にそういったレベルでの政治が行われているのかということです

12月議会も終盤

12月議会も今日と明日の常任委員会での審査が終わると
残すところは、22日の最終日での本会議採決のみになります

今日は各常任委員会に付託された議案が
それぞれの委員会で審査されました
審査の後に、それぞれの委員会で研究会も開催され
来年3月議会に向けての下準備も進みます

明日は委員会での採決が行われますが
あすの採決状況で、本会議での採決の結果も見えてきます
さて、各委員会の採決はどのような結果になるのでしょうか

18日は最終日の議事にむけた議会運営委員会が行われ
19日は議会事務局の議事整理のために休会
ということで、22日が最終日になります

話題は変わります
減量についてですが、11月に入るころから停滞していたものが
わずかですが動き始めました
しかし忘年会シーズンの12月、はたしてキープできるのか
ついに70キロを割りました

年賀状

政治家が金品を有権者に贈ることは禁止されていますが
それと同時に年賀状を送ることも原則禁止されていることは
あまりよく知られていません

原則禁止・・ということは例外がある訳ですが
許されているのは、いただいた年賀状に対しての返事のみで
なおかつ、印刷されたものを送ることはできません
つまり、手書きの年賀状をお返事として送ることができるだけです

また、先ほどの金品ですが
入院見舞、新築祝い、入学や卒業祝いなどの祝儀金は全て含まれます
また、結婚式や葬儀に関しても、本人が参列するものに限られていますし
葬儀に関しては、葬儀終了時間までに行かなければ
後日にお参りするということは、法的には許されていません

盲点になりやすいのが初盆参りです
お参りに金品を持っていくことは、完全なる違反行為です
ただし、選挙区外の地域の方に関しては規制はなく
近しい親戚の方も、例外として許されています

金品に関しては、政治家が贈ることが禁止されているのみではなく
有権者が、政治家に対して要求することも
公職選挙法で禁止されています
田舎の方では、まだ公然と行われている地域もあるやに聞きます

佐賀市の地域が広がったことで
これまで送ることができた地域へも送れなくなりましたので
なかなかに神経を使います

最後の会議

明日の夜のことですが
はがくれ車椅子バスケットボール実行委員会の最後の会議があります
いよいよ幕を引きます
5回の大会を行えたこと自体が、それだけで満足すべきだったのかもしれないと
最近思っています

いくつかの補助金要綱を頂き、連絡を取っていますが
なかなか「再開」できるだけの原資にはなり得ません
また、公的な補助金は書類の多さが半端ではなく
書類作成だけでうんざりしてしまうところがあり、次代の事務局に
そういった負担を課すことについても、躊躇しています

取りあえず組織としての、体制は整えようと思っていますが
実際に大会を運営できるかどうかは、これからのことです
会議の後に、解散式と忘年会をかねての会食を行います

これまで手弁当で、一切の援助もなく運営に参加してくれた仲間に
心から感謝して5年の歴史に幕を引きます

気の置けない仲間と

友人の引越祝いがあり、いつもの仲間が集まりました
当事者を含めて、9家族14人が一堂に会して
飲めや食えやの大騒ぎで、あっという間に4~5時間が過ぎました
とにかく笑いの絶えない時間がうれしくて・・・

年明けにも、またこの9家族で大騒ぎをしようと言うことになりました

一昨日の車椅子バスケットの集まりも
これもまた素晴らしい仲間との集まりでしたので
解散を惜しみながらも、なんとか再立ち上げできないかを
みんなで熱く語ってしまいました

そして2次会で行った「白山ガイルス」では
市役所の方々とも合流したうえに
よく知っている方々もお見えになって
木原さん達、スピリッツの演奏に愉快ない時間を過ごさせて頂き

フィーバーしてしまいました

ただ、この二日間、痛飲暴食に近い状態でしたので
この二日間の体重の増加傾斜は半端なものではなく
暫くは、元に戻すための「がまん」を強いられそうです

麻生さん…あんたは

12月定例議会が終了しました
今日の本会議において、すべての議案が可決され
22日間に渡った議会は終了
12月中はこれと言った公務は予定されておりません

議会終了後に、いくつかの委員会や執行部との話合がありましたが
全員協議会の中での執行部答弁のまずさは、目に余るものがありました
議員が何を聞いているのかを理解できないのか
的外れの答弁に終始していました

また、別件で話し合いを持った内容も
(近々マスコミで報道されると思いますが)
事の重大さに気付いていないというか、判っていないというか
議会に対する報告も遅ければ、対応も後手後手
然るに「マスコミ報道は考えていません」という始末

この事については、委員長という立場でしっかりと言ってきましたので
報道されると思いますが
もし、年内に報道に乗ることがなかった場合は
このブログにおいて、年内にお知らせします

さて、タイトルの件ですが
今朝のニュースで、麻生総理が職安の窓口に座って
職を探しに来た人と応対している風景が流れていましたが
彼の一言は、全く今の世相を理解していないとしか言えません

「自分が何をしたいかという目標がなければ職は見つからない」
と言った内容の言葉であったかと思いますが
したい職業に就けない、また解雇という憂き目にあったから
取りあえずは何でもいいから仕事にありつかねば・・・

と言った切実な思いで職安に来ている人に言う言葉ではありません
今の中学生に将来どうありたいか・・と尋ねると
かなりの数で「正社員」と言った答えが返ってくそうです
昔では考えられなかった答えです

一部の政党が言うように、何が何でも正社員雇用が良いとは言いません
中には、パートでなければ自由に動けないという人もいますから
そこは職業選択の自由と、会社との契約の中で成立するものですが
職種を希望することよりも、職制を希望することが蔓延することは
国家の基礎をも壊しかねない重大な問題です

麻生さん、そこのところを理解して下さいね

クリスマス・イブ

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昨日は、妻と連れだって唐人町の街かど広場に出かけました
毎年行われている「ストリート音楽祭」を聞きに行きます
昨年は、妻は病後で外出が出来ませんでしたが
今年は一緒に出かけられました

佐賀女子高等学校のハンドベルの演奏と
エレクトーンの演奏を1時間30分ほど楽しみます
今年は例年より早く始まりましたが、広場は観客でいっぱいでした
概ね、6時30分過ぎまでの演奏は楽しく聞かせてもらいました

その後は、クリスマスイブイブと言うことで食事に出かけました
夜に一緒に食事に行くのは、私の誕生日以来で
その後はショットバーでも、楽しい時間をもらいました

「プエルト」と言うショットバーが私のお気に入りで
最近はウイスキーばかりに凝っています
特にお気に入りは、ニッカの「余市」です
昨夜もビンテージものの余市を楽しませて頂きました

今夜はクリスマスイブですが、我が家でおとなしくしています

正月前の一つの行事として、散発と言う作業があります
今日は、母を伴ってニューオータニの美容室に行きました
2カ月に一回の割合で、美容室に伴っていますので
物忘れが激しくなってきた母でも、ここはしっかりと覚えています

おおむね2時間の内容でした
これまでは、あまり疲れたとは言わなかった母でしたが
今日は、「さすがに疲れたよ」と言っていました

なかなか一緒に食事をすることも少なくなっているので
今日はそのまま地下の中華でのランチタイムを楽しみました
「久しぶりね」と母も喜んでくれました

IMG_5482.JPG

写真は、その時のランチを待つ間の写真です
とてもいい表情をしていると思います

その後に、お墓参りをして施設まで送って行きましたが
記憶力の低下に著しい偏りがあることが気にかかります
特に、息子のことになるとどうも情報が交錯しているようで
毎回同じことを、それも同じ日に数回聞いてきます

足取りとか、食欲はしっかりしていますので
取り立てて心配はいりませんが
記憶力が少しでも回復してくれればと願っています

説明責任

昨日のSTS(サガテレビ)でも放送されました
今日の新聞にも記事が載っていましたが
佐賀市水道局のポンプ室からアスベストが見つかりました
閉鎖された部屋なので、
水道水にアスベストが紛れ込む可能性はありません

が、問題なのは市民に対しての報告が遅くなったことです
22日のブログに私が少し触れている件が、この事です
私が知り得た情報の流れをご説明いたします

議会も終盤、常任委員会が終わった翌日に
水道局長から「報告したいことがある」ということで
アスベストが見つかったことの情報が寄せられました
それは、私が水道局を所管する委員会の委員長だからです
そして22日の議会終了後に話を聞くことにしました

本会議、森林林業活性化議員連盟会議、全員協議会終了後に
私と副委員長、それに議長・副議長を交えて説明を受けました
その時に、実は11月に調査をしていたことが判明したうえに
当初は、私ののみの報告で終わるところだったことがわかりました

さらに、私の方から「市民への報告はどうするのか」と問うたところ
「現時点では考えていない」と言う返事であったために
「アスベストと言う社会問題になったことを報告しないで済ませてはいけない」
と、強く報道機関への公開を要請し、そのタイムリミットを今週中にしました

それを受けての、昨日の発表となったわけですが
私への報告がなかったなら、議会は勿論、市長部局への報告も
無いままに終わっていたかもしれないことを思うと
職員の危機管理の杜撰さが見て取ることができます

本来なら、見つかった段階で、市長部局、議会に報告の上
市民の方々に公にして対応すべきです
今回は、たまたまポンプ室と言う閉鎖的な部屋の中だったから
結果オーライですが、一つ間違えば
市民の健康に影響を及ぼす重大なことですし

隠すことによって、市民から今後どのような疑惑をもたれるかわかりません
市政に関しては、透明性が第一です
その態度を持つことが、市民への信頼を受ける元になります

餅つき

校区子ども会恒例の、しめ縄づくりと餅つき大会です
毎年の歳の瀬の行事が今年も行われました
私の担当は、餅つき準備です
毎年担当していながら、毎年新しい発見があります

実際に杵で搗くやりかたは、子どもの頃には経験していませんので
10年ほど前からのこの行事の中で覚えてきました
米洗いから、米蒸し、そして搗きあげまでの一連の作業については
概ね身についてきました

後は、餅をちぎったり、丸めたり、かえしたりという
力だけではすませることのできない
技術を要する作業については、まだまだ経験が足りません
それでも、私の後をカバーしてくれる人材も出現しましたので
これから、もう少しいろんな角度から餅つきを検証します

余談
数年前からウイスキーに凝りだしています
今、はまっているのは「ニッカ余市」です
最近手に入れた、余市1988(20年もの)は
ショットバーで飲んですっかり気に入った代物です

これに限らず、ウイスキーを楽しまれる方に
私の一押しとして、余市を推薦いたします
もちろんストレート・ショットからツゥアイス・アップという飲み方が
今のお気に入りです

大晦日

今年ももうすぐ終わりです
この一年間を振返って見たいと思います

スタートは、今年もその役を受けた
高木八幡神社のえびす祭が1月9日10日の二日間行われました
その神社の境内の脇に祭られていた、小さな神社は
「どんな病気でも一回だけは治してくれるという」神社でした

妻のがん治療は、昨年暮れの大手術から退院した後で
これから3か月続く抗がん剤の治療が始まりました
インフルエンザの季節と言うこともあり、免疫力が低下することが
一番の心配事でした

3月には県立病院の外科部門をめぐって九大医学部と県とが対立し
医師が総入れ替えになるという問題が起こり
妻を執刀してくれた主治医も交代することになりました

妻は発見が遅かったこともあって完治せず
肝臓に転移した部分が、再発し5月と10月に2回入院しましたが
現在は元気になっています
定期的な検査を続けることで、早期発見早期治療が頼みです

6月には私の成人病検診があり
肥満であることは分かっていたのですが
メタボではないにせよ、その肥満度に大いに反省をし
また、一部の数値が再検査範囲であったために病院に行きましたが
ついでに大腸がん検診も受信しました

大腸がんは異状なしだったのですが
肝臓が脂肪肝になりかけているということと
脂肪でエコーが見えにくいとまで言われたことがきっかけで
減量に挑戦することになりました

春には82キロ(ウエスト91㎝)あった身体が
今は70キロ(ウエスト82㎝)までになりました
最低体重は69.6まで落ちてきました
もっとも昨夜は消防団夜警から帰って夜食を食べたので
今朝は71キロになっていました

妻の病気がきっかけとなって
義父が、久保泉の「はがくれの郷」に入所しましたが
多くの人々に囲まれて暮らすことが義父の周波数と合ったのか
とても元気になり、歩く速度も速くなり、杖が要らなくなりました
今97歳ですが、100歳を超えることができるのではないかと思っています

私の両親は相変わらずで
介護状態が少しずつ進んでいっている状況です

さて、来年は選挙の年でもあります
古い言葉ですが「褌を締め直して気合いを入れていきます」


2010年02月

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