罪を憎んで人を憎まず・・・・
本当にそういった平静な気持ちで人を裁けるのでしょうか
罪の重さを何でもって量るのか
そもそも、何故罪を犯すに至ったかといった過程をどう見るか
正当防衛、憎しみ、復讐、偶発、無差別、興味本位・・・・
今の裁判でも問われている、「殺意」をどの様に判断するのか
現実は2時間で解決するテレビドラマではありません
今の裁判制度に即して量刑を判断することは難しいことです
光市の母子殺害事件の差戻し控訴審の判決が明日下されます
21人という異例の弁護団が付き
殺人に至った経緯を「傷害致死」と言い張り
「暴行は儀式」まで言わしめている現実を見るにつけ
行った全体裁判とは何なのかと、問わざるをえません
飲酒運転で3人の子どもの命を奪った事件でも
危険運転致死罪は適応されずに、飲酒運転をしても
大きな罪には問われない事実を作ってしまった
裁判の限界
被害者の権利や無念さを省みない、弁護士達
そういった環境の中において、素人の我々に何を求めるのか
陪審員制度が根付いていない日本において
ディベートが苦手な日本において
本当に的確な判断が出来るのでしょうか
また反対に、冤罪や捜査上における瑕疵を問うことが
そういった知識も法的な判断力も持ち合わせない我々に
可能なことなのか・・・はなはだ疑問です
世界史の授業で出てくるハンムラビ法典
「目には目を」で有名な世界最古の法典ですが
ある意味簡単明瞭な判断を示していると思います
理由のいかんを問わず、死には死を与えるという考え方は
同じレベルで罪をあがなうことの重要さを示していると思います
法定は、罪を裁くところです
他人を傷つけたり殺したりした事実は
精神状態の如何に関らず事実として存在する以上は
量刑を軽くすることに走ることなく、
その事を原点に、真相究明を議論して欲しいものです
