佐賀のために! Do! SAGA 佐賀市議会議員・福島龍一

 
龍一が語る
 

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父の心・・続き

昨日のブログを読んで・・というjことでメールを頂きました
ご本人は得ていませんが、掲載させていただきます。
このメールを読んで私もとても嬉しく思いましたし
おそらく、父が理解できる状況であれば、より一層喜んだと思います


今日、議員の目読まして頂きました。「父の心」

今、何となくと言うか、何か心が弾んでいます。
何回も読むうちに言葉では表せないものがこみあげてきました。

お父上の書かれた書簡を公表され、それを読み
今の自分が、今の暮らし、仕事に何も考えず
その日暮らしの様な生活をしている事に情けなくなり、
今の自分を前向きに考え、自分の将来に向かってビジョンをもち、
生きていくことを、改めて考え直さなくてはと。

人生の先輩に習って頑張りますと、自分の夢を持ち、
叶えるように努力すると大声で叫びたくなります。


東脊振村と言う名前は合併によって消えました
タイムカプセルを開く時、果たしてこの書簡を読んでもらえるのか
その頃には、私も存在していない可能性が大きいので
何ともいえません

タイムカプセルの中には、村長の孫と言う事で
息子と娘の記録も入っています
出来れば、その時に読んでもらいたいと願っています

ただ、父が天寿を全うした時に、生きていた証として
その時に私が読みたいとは思っています

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コメント (2)

 前略 突然お便りすることをお許しください。私は「珈琲る~ゑ」の常連で、「る~ゑ」のホームページからリンクしてあなたのブログを覗かせてもらっています。
 昨日の「父の心」を読ませていただき、お便りを思い立ちました。私は1981~84年の間、佐賀新聞鳥栖支局長でした。当時、お父上は同市助役でした。市役所横の官舎は、支局とすじ向かいで、画家・大隈武夫さんがみえると私も呼ばれていたような気がします。
 市長選に出るとかで追い回したりしたこともありました。その後、東背振村長になられ新聞紙面などに登場されるのには、親しみをもっておりました。あなたがご両親の介護を紹介されるのを、あの福島助役でも老齢化による認知症が出てくるのかと思っておりました。今回、50年後の村長への便りを読み、戦後60年の日本社会の高度成長、近代化を改めて考えさせられております。
 今後ともご活躍のほど祈念いたしております。

いろいろと書き込む事を考えましたが、話がまとまりません。
今は、ありがとうございますとしか言えません

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