佐賀のために! Do! SAGA 佐賀市議会議員・福島龍一

 
龍一が語る
 

« 前のエントリーへ | ブログのトップページへ | 次のエントリーへ »

2007年12月アーカイブ

委員長報告

明後日、12月3日の議会開会日に
決算特別委員会の委員長報告をします
かなり議論伯仲した委員会でしたので
報告の内容も多岐に渡っています

議会事務局の議事係で報告書を作成してくれますが
その原稿をもとに、自分なりに手を加えて
明後日に備えます

今から緊張感があるのは如何ともしがたい性格です
人からは、緊張感には縁の無い人間に見えるそうですが
以外に人見知りもしますし、極度の緊張感に覆われています
冷や汗は常の事です

さて、その12月議会での私の一般質問は21番目
12月11日の午後に行ないます
そして、17日、18日が常任委員会です
特別委員会に引続いての委員長職を執行しますが
自分カラーを思いっきり出してみたいと思っています

長かった

委員長報告をしました
16ポイントの文字で、ぎっしり18ページ
1ページを読むのにおおよそ1分かかりますので
18分~20分の長丁場です

自分で手を入れた原稿なので、よく理解してるつもりでしたが
実際に壇上で読むと、漢字の切れ目がちらついたり
ついつい早口になったりして言葉がつかえたりと
思いのほか大変でした

読み進むにつれて、ページをめくるたびに
(まだ、ここまでなのか)と心でつぶやいています
それでも全部を読み終えたときには、ほっとしました
いやはや、いい体験をしました

11時過ぎに今日の本会議は終了しました
その後は、一般質問に向けたヒアリングです
ヒアリングは、議員が何を質問したいのかを
しっかりと伝えるためのものです

しかし執行部再度は、一問一答では何を聞かれますか・・と
よく聞いてきますが、
私は「兎に角、総括質問の答弁を聞かない事には判らないよ」と
そこは、お互いに緊張感を持って臨める様にと
「隠し玉」は温存します

人は何故生きている

この命題は、宗教、哲学はもとより
科学、医学の世界においても、永遠の命題なのかもしれません

「人は死ぬために生きている」とは、何処かの誰かが言った言葉ですが
オギャーと生まれてたその日から「死」に向かって走り続ける事は
確かに間違いのないことです

科学や医学ではその生命のメカニズムを解明し
「長生き」=「生命維持」にその力を注ぎますが
宗教や哲学では、死のその瞬間まで「如何に生きるか」
と言ったことを問いかけてきます

私はこれまでも、このブログや以前のホームページのなかでも
出会いの必然性や、コスモ生命、時の意思
死後の世界も含めた精神世界の存在などを語って来ました
これは決して他力本願による運命論を論じているのではなく
潜在意識下における意思決定や、コスモ意識の中での必然性で
人の一生が左右されるという事を感じています

何度も書いていますが
手塚治虫氏の火の鳥や、司馬遼太郎氏の竜馬が行く、燃えよ剣などの
本の中にも、それに似た表現が隠されています
この永遠の命題こそが、時として自分が生きていくよりどころになっています

 時(あるいは宇宙意識)は、その存在を必要としなくなった時に
 あるいは、誰かにその存在を知らしめるために
 惜しみなく命を奪っていく

現世にあることのしがらみや、死への恐れから私を解放して
生きていく事の意味や、必然性について考えさせてくれる
私の哲学であり宗教であることは、間違いのないところです

両親の近況

昨日は、午後から少し時間がありましたので
両親のところに出向きました

母は、最近本当に状況がよく、気持ちよく1時間ほど話していきます
少しですけど母が好きそうなお菓子と
コーヒーやお茶を持ち込んで、気分転換を図ります
話も穏やかで、時折父のことを聞きますが
父に関する記憶力はかなり低下しています

再入所する祭に、あれほど嫌がった施設に
「自分から」帰ると言い出した原因が見え隠れします
それでも、帰るときには少し寂しそうな顔をします
その顔を見るのが、辛く感じています

父は、その日その日で状況が異なります
昨日は少し怒った表情でした
こういう時には、私の名前も出てくるのですが
昨日はとうとう出ませんでした

ただ、私が息子であると言う事は判っている様子で
「時計と眼鏡とベルトと・・・四つ持ってこい」と言っていましたが
この四つの名前が出てくるまでに相当の時間を要しました

また、母が同じ施設にいると思い込んでいますので
他の人を母だと勘違いして、「母ちゃん」と指差しています

帰りしなには「俺も帰る」と言い出して
「帰れないと」言うと、それが理解できなくて
涙を流したりしています

読書って

学生時代に読書感想文を書かされていました
私が好んで選んだのは、夏目漱石や芥川龍之介でしょうか
外国のものも書いた事はありますが
概ね、学生時代には読まねばならない・・範疇のものです

しかし、本当に私が好んで読んだのは
探偵小説やSF小説、冒険物でしょうか
15少年漂流記は穴が空くほど読みました
子供向けのアラビアンナイトもよく読みました

今では、時代小説も含めて、俗に言う雑文学に親しんでいます
私の好きな小説家は
司馬遼太郎、池波正太郎、浅田次郎、半村良、平井和正・・

前半の3名は今更言うまでもなく有名作家ですが
後半の2名は知らない人もいると思います

半村良(イーデス・ハンソンをもじったペンネームです)は
妖星伝、産霊山秘録、石の血脈などが代表作で
妖星伝のなかで、地球の事を
「己の命を維持するために他の命を奪う、まるで地獄絵図の世界」と
表現しています

平井和正は狼男シリーズが代表作ですが
皆様方が良くご存知なのは、8マンではないでしょうか
その原点とも言うべき「サイボーグブルース」は秀作です
その昔、サイボーグは「細胞具」と書かれていました

他には、星新一、なども好きな作家ですね
あと、コナンドイル、モーリスルブラン、エラリークイーンなど

しかし、こういった類の小説は、なかなか認められません
肩身の狭い思いだったのでしょうか
しかし、先般読んだ本の中に
「探偵小説でしか語れない真実もある」という表現を見つけました
そうだそうだ!!と拍手喝采です

SFでしか語れない真実だってあるのです
いや、SFでしか語れないものだってあるのです

読書って 2

先日、ビートたけし主演で「点と線」がテレビ化されていました
松本清張は構成がしっかりしているので、一時期好んで読みました
勿論、点と線も読んだ記憶はあるのですが
どうもテレビのストーリーではしっくり行かないので
読み直しました
ついでに、他に数冊求めて、寝る前の少しの時間に読む予定です

旅行サスペンスでは、何といっても西村京太郎でしょうが
これにも一時期はまりました・・終着駅シリーズの頃まで
また、赤かぶ検事などの和久俊三(文字はこれでよかったかな)
浅見光彦シリーズの内田康夫ものも読み漁った口です

長編では
今読み続けている、北方謙三版の水滸伝
岩波文庫版では全10巻ですが、こちらは19巻
ストーリーや人物設定にはかなりの差異がありますが
別物として読むと、それなりの面白さはあります

ただ、北方謙三版では、金瓶梅は生まれてきません
原典における虎退治武松の兄嫁の設定が違いすぎるからです
そういった意味で、北方版は違った話と言えます

池波正太郎の鬼平犯科帳は単行本で30巻を越える長編ですし
柴田錬三郎の眠狂四郎シリーズ
司馬遼太郎の坂本龍馬、燃えよ剣、花神、などの幕末物

興味を持つと、同じ作家のものを読み漁る習性があって
中学時代には、全集物をよく読みました
芥川龍之介、有島武郎などなど
夏目漱石は高校時代読破しました

変わった毛色では、沈まぬ太陽、複合汚染などですかね

兎に角今でも本は好きですが
小難しいもの・・・内容は難しくてもいいのですが
とっつきにくい物は敬遠してしまいます

先日は「時間とは」という物理学の本に手を出して
半分しか理解できかせんでしたが、面白かったです

深夜に

もう少しで日付が変わります
師走も早くも三分の一が終わろうとしています
時のたつのが本当に早く感じられます
ましてや、身の回りに起きる出来事のめまぐるしさは
それを助長するかのように

今年を振り返って、10大ニュースと言うには
まだちょっと早すぎますので
一連の騒動の発端を少し振り返ってみたいと思います

思えば、昨年の今頃は、まだ介護と言う意識は全くありませんでした
多少、問題行動が顕在化してきた父に不安はありましたが
母と二人での生活の中で、どうにかクリアしてきたものでした
「お母さんも少しおかしいよ」と妻が先に気づき始めていました

夫婦喧嘩の仲裁に行っていたのもこの頃でした
だんだん母の立場が強くなり始めていました
尿漏れが起こり始めて、泌尿器かで検査をしようということに
決まったのもこのころだったかと思います

一連の騒動が始まった、あの日まで後五日
その日が、泌尿器科の検査の予定日だったと言う事
そして、私がノロウイルスにやられて
一週間の点滴生活と紙おむつ状態になったのも、その日でした

あの12月13日がまもなくやってきます

議員とは

市議会議員のブログですから
本当はもっと政治的なことや、市議会のことを書かねばならないのですが
ここの所、ちょっと私的な部分に走っている事は
十分に判ってはいるのですが・・・

しかも、今は一般質問の真最中
議員になりたての頃のホームページでは
他の議員の質問内容にメスを入れたり
思いっきり批判をしたりと、かなり暴れまわっていましたが
最近は、大人しくなりました・・・・

その理由の一つには、議員の意味
議員と言うものの存在意義についての示唆を受けた事にあります
先日の清渓セミナーでもこの話が出ましたが
「ともあれ、どうであれ、選挙で選ばれた人」なのです
私にしても、2000名を越える方が「ふくしま」と書いて頂いた
その結果として議員であると言う事
それは、政治家全ての者に当てはまる真理なのです

私も参加している市民グループや市民活動家の方には
議会を強く批判する方もいますが
そういった種々雑多な住民の代表が議会であり議員であること
そこが議会の原点である事は、変えようのないところです

あるテレビ番組で
「民主主義の多様化」と言う話が出ていましたが
政治形態としては、民主主義が落ちいる先は衆遇政治と以前習いました
政治家の堕落が民の堕落につながり
それはやがて強い君主の出現を待つ事になる

そういった破局的な局面まで落いっているとは思いたくありませんが
民主主義の本質は何なのか、政治形態として何所まで有効なのか
自分自身が政治家として間接民主主義に関わる以上は
目をそらす事のできない問題ですが

それを考えれば考えるほど、ブログでは弱気に映るようです

カラスの大群

明日、一般質問をしますが
そのテーマは、喫煙とカラスと観光問題についてです
観光問題は、一寸したきっかけ作りで、これから取り組み課題ですから
今回はジャブ程度の質問にしたいと思っています

喫煙とカラスは、これまでにも私だけでも数回
他の議員も質問していますので、かなりの量の質疑が
繰り返されてきています・・・が
一向に問題が解決しません

喫煙についてはさておいて、カラスの質問ですが
今日も夕方の散歩のときに、数十羽・・いや百羽以上いたかもしれません
沢山のカラスが郵便局の屋根、電線に止まり
それらが一斉に飛立つときの羽音や泣き声が町に響きました

夕方の暗くなり負けている時間
カラスは他の鳥よりも夜目が効くのですが
それでも、明け方、夕方共に30分程度とのこと

どう考えてもねぐらに帰ってきた・・と言った感じの飛び方です
朝早くも、明け方と同時に何処かへ飛んでいくカラスを見ます
カラスネットの普及で、ゴミを漁るカラスは減ってきましたが
それとは関係なく、町のカラスは確かに増えてきています

市は、ゴミ減量対策でカラスも減ると予測していましたが
どうやら、そうは問屋がおろさないようです
明日は、その辺りをしっかりと質問したいと思います

まだまだ未熟

一般質問が終わりました
今日は、ちょっと満足な私です・・・が未熟さを露呈しました

今回の一般質問は、以前に質問したもので
まだ自分なりには解決を見ていない課題についての質問で
原稿も特に無く・・以前の議事録が質問原稿です・・
私の思いのままに、訴えるがごとくに質問しました

少し以前に、質問項目についてはアップしていましたので
そちらをご覧下さい

今回の大きな収穫は、煙草に関する諸問題のうち
「歩き煙草禁止条例」の設置について、「設置する」との
副市長答弁を引出した事です

ポイ捨てに絡んで、始めてこの問題に取組んでから
実に7年の歳月が流れています

質問の骨子は

歩きたばこの危険性というものは、もう以前から指摘されている。
たばこを持ったこの大人の腰の高さというのは、
幼稚園生ぐらいの子供の目線の高さ。
目の前に600度から700度ぐらいの炎がある。
吸い終わったらポイという可能性もある。
風向きによっては当然煙が飛んでくる。

これに対して、当時の部長は

確かに歩きたばこというのは、
乳幼児・児童に対しては非常に危険でありまして、
今後歩きたばこ禁止条例につきましては、関係各課で、
例えば、ポイ捨ての観点から環境美化の面、
それから喫煙のマナーの面、
それから子供などの歩行者に対する危険防止の観点、
こういったところから研究していきたいというふうに考えております。

と言う答弁をしていましたので、追加的な質問をしたわけです
しかし、副市長から「条例を制定する」と言った答弁が出たときには
一瞬我が耳を疑い、「それは歩き煙草禁止条例ですよね」と
聞き返す始末

あまつさえ、制定期限を聞くのを忘れてしまうと言う未熟さ
これは秘密ですが
後から副市長と話したところ、20年度に調査検討を行い
21年度の施行を考えていると言う
秘密の答えを貰いました

何時まで

禁酒してから、明日で一ヶ月目を迎えます
本当に一滴のアルコールも口にしていません
・・最も料理やケーキに入っていれば別ですが・・

当初の目標は概ね今月いっぱいですが
3月までは頑張れという方もいますし
もう良いのではないかと言う方もいます
最終的には妻と話して決めたいと思っています

ただ、今回の禁酒をして思った事は
時々は、休肝日とかいった間隔ではなく
今回のように思いっきり間を空けることが
身体には良いようです

いびきもかかなくなったらしく
朝起きるときのさわやか感は飲酒していると
味わう事のできない寝起きです

今日も、ご常連の居酒屋に出かけましたが
烏龍茶で過ごしました
まだ、強い気持ちで「飲みたい」という感情がわきません
私の心の中では、取りあえず飲む日を決めていますが
それまでに飲酒の欲求が起き上がるか否かが問題です

妻と、私と、仲間との健康を祝して乾杯したいです

運命の日

あの事件が起た日になりました
正確に言うと、12月13日午前4時頃の出来事です
ですから、この時間は既に父は入院している事になりますが
まだ、この入院が介護に向かう警鐘だったとは思っても見ませんでした

母からの突然の電話は「父さんが倒れた、どうしよう」
以前にも軽い脳梗塞で入院した事のある父ですから
てっきり脳梗塞か蜘蛛膜下かと思ったのですが
この日は、足がもつれての転倒でした

神埼消防署に電話を入れて救急車を要請し
佐賀に搬送してもらいました

これから正月までの一人暮らしの中で
母は徐々に生活力を失っていくのですが
それを私が認識するのはまだ先のこと
2月に入ってからの事です

兎に角全ての事が、1年前の今日から始まりました

いよいよ委員会

いよいよ、12月議会も後半と言うか
終盤戦に入ります。

明日と明後日に、常任委員会が開催され
上程された議案の審査を行ないます
いよいよ委員長としての仕事が始まります
・・もっとも既に準備段階で仕事はしていますが・・

ここ二日間は、我家の事で走り回っていました
娘が金曜日の夜に帰ってきて、今日戻りましたが
そう言った事もあって、本当に忙しい2日間でした

また、台所からの汚水枡が汚れて
汚水の流れが悪くなっていましたので
汚水層の大掃除なども加わって、もう大変でした

妻が不在のために、家事等も全て自分でしなければならず
犬の散歩、洗濯、食事の準備と
本当に大忙しの毎日です
もう少しで、妻も帰ってきますが
この貴重な時間に、多くの体験をしておきたいと思います

委員会から

常任委員会初の委員長の仕事は、まあまあ上出来
(自画自賛ですかね)
12月議会は案件が少ないので、まあ「慣らし運転」
と言う所でしょうか

委員会審査で最も難しいのは
議案に関連する質問が脇道に逸れる事です
確かに全て拡大解釈すると関連しているのですが
私は接点を小さく持って行きたいと思っています

また、経済部の審査になると
中心市街地活性化調査特別委員会の審査範囲に入ってしまいます
ただ、特別委員会では条例や予算については審査できませんので
それは経済企業委員会に付託されます
この線引きが本当に難しいところです

さて、今日は委員会終了後に研究会を行ないました
研究会は将来議案として提出される予定の案件について
事前にその方向性などの説明を受けたり

所管している部局に関する、全ての事業について
説明を求めたり、内容の確認をしたりする事ですが
今日は、交通局と農林水産部の研究会を行ないました

交通局はバスの運行経路や時間の変更などについて
来年の6月を目途に着手すると言う事での説明です

また農林水産部は、佐賀さん海苔の試食ということで
有明海産の海苔と、富士町産の米、口底の煮つけを食しました
海苔は、焼き海苔、生海苔、お吸い物を食しました
次ぎの写真が、その模様です

200712171240001.jpg

焼き海苔は、画面左側に少しだけ見えています。

霍乱

鬼の霍乱とはいいますが
昨日は、突然の発熱でびっくりしました
最も一昨日の夕方頃から疲れてるなーとは思っていました
夜には少し喉が痛いな・・・とも思っていました

それが朝になると何所と無く体調が優れません
しかし、議会は委員会のまとめの日
委員長としての仕事がありますので行かねばなりません
解熱剤を飲んで兎に角議会に行きました

9時から会派での打合せ、10時から委員会です
マスクをしたままで採決を行い、委員長の仕事は兎に角済ませましたが
その頃には悪寒が始まっていました

一路、先ずは喉が痛い事もあって耳鼻咽喉科へ
「インフルエンザではないな、薬出しとくよ」と言われ
薬局は「直ぐに飲んだほうがいいよ」とお水も出してもらい
医者も薬剤師も共に同級生の気安さでしょうか

そしてその足で行きつけの病院に駆け込み
「点滴をお願いします」と・・・・
抗生物質とビタミン剤を3時間かかっての点滴
これで少しは楽になりました

夕方には息子が帰ってきて「何か手伝おうか」と
「今夜一晩寝れば治ると思う、疲れから来た発熱と思うから」と私
そしてぐっすり12時間寝ました
薬の効能と睡眠で、今日は何とか立ち直りました

北辰斜めにさすところ

伝えたい志がある 残したい思いがある

私が卒業した鹿児島大学は、
旧制第七高等学校造士館の流れを汲みます

その造士館の第14回記念祭に歌われた歌が
旧制第七高等学校の歌として
ことに有名な「北辰斜めに」です

一般的は寮歌や校歌が歌われるのですが
この様に、毎年新しい歌が作られているにもかかわらず
ある年の記念祭祭歌が代表作のように歌わせるのは
珍しい事です

その「北辰斜めに・・」をタイトルにとって映画が
まもなく封切られます

http://www.hokushin-naname.jp/

映画サイトです。
勝手にコピーしていますので、
お叱りを受けるかもしれませんが
この映画、どうしても見ていただきたくて
あえて掲載しました アクセスしてください

12月議会終わる

12月議会は、今日最終日を迎えました
四常任委員長の報告の後に反対討論そして採決
全ての議案が、多数決あるいは全会一致で可決されました

本会後終了後には、全員協議会が開催され
* 下水道マップの見直し
* 後期高齢者保険制度の説明
* 行政改革(経営戦略)と20年度予算について
それぞれ執行部より説明がありました

全員協議会とは、議員全員がその認識を同じくすることが
望ましいと思われる案件に対して行なわれるもので
執行部の考え方や方向性について確認をします
ただ、決議する事はありませんので、聞き置く程度の範疇です

その後、経済企業研究会を開催して
エスプラッツ指定管理者について説明を受けました
これは、中心市街地活性化等調査特別委員会に
部分的に調査を依頼している案件ですが

特別委員会には議決権は無く
議決するのは経済企業常任委員会ということで
3月議会に向けて、委員各位に認識を持ってもらう為の研究会です

そういうことで、終了したのは午後3時を廻っていました

* 一人暮らしも取敢えずは明日までです

何という年なのだ

今年は、私自身もいろんなことに出会いましたが
葬祭の多さには、驚いています
今日もこれから、お通夜が二つです
一つは、鳥栖時代に最も仲の良かった友人のお母さん
もう一つは校区体協のお仲間のお母さん

1時間ずれですが、鳥栖が先になります
一ヶ月前に妻が「今年の香典30回を越えてるよ」と言っていました
そして今日が2件、先日は同じ日に3件、今月だけで他にもありましたので
都合40件を越える事になりました

私は葬祭に関しては、他の議員に比べれば少ないと思っていますが
それでも今年の多さは異常です
9日に一回というペースです

違う観点から見ると、そういった年齢に私が達しているのでしょう
また、ここまで長生きする高齢者が増えたと言う事でしょう
我家には、95,87,83歳の親がまだ居ります
しかもそのうちの二人は介護状態です

来年もまた、覚悟を決めながらの毎日になりそうです

禁酒の訳

今日で40日間の禁酒状態が続いています
そして、明日・・・一応仮解禁の状態にする予定です
しかし、年明けのある時期から、再び禁酒する予定です
もっとも、仮解禁時にも、極力禁酒状態を続けます

さて、何故私が禁酒していたのか
それは、妻の病気が原因となっています
禁酒を始めた11月14日に病気が見つかり
12月4日入院、12月6日に手術
そして、12月23日に驚異の回復力で退院してきます

それなのに何故仮解禁かというと
年明けになると、再度の入院が予定されており
そこから再び大掛かりな治療が始まるからです

妻に見つかった病気とは、「癌」でした
大腸の下降結腸と言う部位に出来た癌が見つかったのが
11月14日、内視鏡による健診で見つかったものでした
それも第3ステージという崖っぷちの状況
勿論、既に肝臓への転移も見つかり、最悪の状況で治療に望みました

もしかしたら手遅れかもと言う状況での開腹手術
9時に手術室に入り、出てきたのは午後5時30分
「目視できる範囲での癌は全て取り去ったと思います」と言う言葉に
取敢えずは崖っぷちから立ち上がったと思いました

しかし、「目に見えない所に癌がある可能性はある」ということで
体力の回復を待って、抗がん剤による治療が年明けから始まります

今日、担当医師から話を聞きましたが
「100人中7~80名の医師は、手術しない状況でした」と
それほど悪い状況にいたと言う事です

しかし、今の妻の顔は、入院前に比べても良くなっています
無論大手術をしたので、多少はやつれていますが・・・・

次の禁酒は1月の中旬頃からか2月からか・・・
再度の入院の前日からと自分で決めています
抗がん剤治療が終了するまで続けます
特に妻が禁酒してくれと言ったわけではありませんが
妻と二人で、癌完治に向けて闘っていく決意として
自分が好きなお酒を断ちます

歩きタバコは駄目だよ

昨日の佐賀新聞に「歩きタバコ禁止条例」について
かなりのページを割いてくれていましたが
残念ながらその事が議会においても議論された事が
記事になっていませんでした

私が5年ほどの年月を掛けて取組んできた
この「歩きタバコ禁止条例」については
11日の本会議で私の提言を受容れる形で実現したものです
12日の新聞では取り扱ってくれませんでした

やはり、何処か残念な気持ちは否定できませんが
ともかくも一歩前進したものと思います
但し、これには付帯事項があります
それは、タバコ愛好家の権利です

タバコは嗜好品で、そこから来る税金も馬鹿になりません
受動喫煙を禁止するならば
安心して吸える場所もまた設置しなければなりません
それが、本当の分煙と言うものだと思っています

さて、佐賀市が住みやすい町に変身できる第一歩
皆で奇麗なまちづくりをしましょう

何故なのか

両親の介護や、妻の癌のことをあえて書いていますが
何故書くのか・・・そういった言葉をお持ちの方もいると思います
何故書くのか・・・書かねばならないと感じたからです

このブログだけではなく、ペーパーによる「ふくしま通信」にも
両親の介護については、赤裸々に書いています
書いた事で「大変だね」と言った言葉も掛けていただきますが
それよりも「今度相談に乗ってくれませんか」と言った
これから介護を迎える可能性のある方からの言葉のほうが多いのです

実際にその場に立って経験をしたことを書き綴る事で
誰かの、何かの参考になればと思って書いています

妻の病気についてもそうです
「癌」と言えば、不治の病と恐れられた難病でしたが
今は、「確実に死ぬ」とは限らない、大病になってきました

妻と二人三脚で、子ども達の篤い思いを感じながら
家族が一つになって、前向きに考えていく事が
病気に勝つ(必ずしも完治を意味しません)大切な事
そういった気持ちが伝わっていければと思っています

それと、もう一つには「何で奥さんは来ないの」と言った
質問とも、何とも着かない言葉を頂きますので
何故妻が来れないかといった事について
ご理解を頂くためにも、病気のことを公表しました

そう言う事ですので、介護や看病と言ったことで
私の経験がお役に立てればいいなあ・・と思っています
来年には、実際にどういうところで困ったか
解決策はあるかと言ったことについて
折を見て書き綴って行きたいと思います

母との一日

今日は、母と一緒の時間を過ごしました
朝9時に施設に迎えに行くと
「今日は外に出れるのね」と嬉しそう
「先ずは、頭を奇麗にしにいこう」と美容師に直行です

概ね2時間ほどかかって、カットとパーマです
終わり頃に迎えに行くと、本当に嬉しそうにしていました
本人も気分が良かったと見えて
終始ニコニコしていました

その後で食事に行きましたが
母は、「施設では温かい麺類が食べれない」とこぼしていますので
こういったときは、ほとんど麺類のお店です
今日も、月見蕎麦を注文していました

我家に立ち寄って、仏壇が引っ越している事を確認したあとで
東脊振の西往寺に向かいました
今年行なわれた、五重相伝のお勤めをしていただきました
概ね15分程度だったかと思いますが
お念仏を唱える母の姿は、忘れない事と思います

その後に施設まで送り届けましたが
どうしても別れのときの寂しさが伴い、辛い気持ちになります

また迎えに行くから、元気でね

暖かな一日

朝からすこぶるよい天気でしたね
年末の行事をあれこれとこなしながらの一日でしたが
お昼に家に帰ると、妻が寝込んでいます
40度誓熱が出て、ダウンしていました

退院後、調子が良かったので無理したのかもしれません
兎に角、主治医に連絡を取って病院に駆け込みました
血液検査、CTスキャンを撮り状況の確認を行ないましたが
これと言って、悪い所は見受けられずに
「明日、もう一度検査しましょう」とのことでした

熱は徐々に下がり始めて、微熱程度までは下がりましたが
流石に今日はきつそうです
何も出来ない自分が悔しいのですが
今夜は会合も入っていて、寝かせつけての出かけになると思います

明日には、子供達も帰ってきます
兎に角、家族が揃うと言う事は良い事です

御用納め

平成19年も残す所あと3日です
今日は御用納め、夜の街は仕事を終えた方々で賑わうのでしょうか
私も、残した仕事の整理に追われながら過ごしています

そんな中でも、妻の抗がん剤治療についての打合せが
主治医の先生と行なわれました
外科処置の退院が、予定よりも1週間以上早かったのと
処置後4週間たてば、抗がん剤治療が出来るということで
少しでも早いほうがよいという判断で
正月が終わると直ぐに治療にかかります

私の禁酒生活がまた始まります
もっとも、退院から再入院までの間で飲む可能性がないとは言えませんが
妻公認の会合のみに集約します
で、数えてみましたが、概ね二十日間のうちで三日だけ
気の置けない仲間達との会合だけに限って
少しだけ飲みたいな・・・と思っていますが???

しかし、癌を克服した仲間からの励ましは心強く
今日帰ってきた娘や、明日帰る息子との
家族団欒の時間は、何よりも大切にして
妻がそういった家族が側にいることを感じてくれて
癌に勝ってほしいと思っています

皆が帰ってきた

8月以来、久しぶりに家族が揃いました

娘は、昨夜遅くに佐賀に帰り着いていましたが
息子が今日帰ってきて、本当に久しぶりの家族団らん・・・
と行きたいのですが、今夜と明日は消防夜警が入っていて
そうもままならない所でしょうか

一昨日から熱を出していた妻ですが
病院で血液検査などをしてもらった結果
ウイルス性による風邪という事になり、少しほっとしました
合併症や術後の不都合が懸念されていましたが
そうではなかったと判った事で気持ちも軽くなりました

今日は熱も出なかったようで、明日一日ゆっくりすると
元の生活に戻れると思います
兎に角体力を付けなければなりませんから
動く事は大切な事です

あて、明日は子ども達にも手伝ってもらって
お墓掃除と両親のお見舞いです
いよいよ年の瀬も押し迫りましたね

元気に来年を迎えましょう

流石に

昨夜は・・というよりも今日の午前1時まで夜警でした
家に帰って風呂から上がったら、もう2時近くで
バタンキューの爆睡
ぐっすりと寝込んでいました

心配された雪も今のところは降ってきていませんが
朝の散歩の時には、かなり強いかぜが吹いていました
今夜は寒くなりそうですね

いよいよ年末最後の仕事を仕上げるときになりました
今日は、2箇所の墓掃除と、両親のお見舞いと
買出しと・・・・と子ども二人を動員しての大車輪です
寒さにも、冬の風邪にもめげずに・・・・頑張らねば!!

妻は、心配された熱も下がり、ようやく一安心です
原因は「風邪」だったようですが
体力の消耗はいかんともしがたく、すこしきつそうです
年明けには次ぎのステップが始まりますので
体力を付けなければなりません

今日から、ビシバシと鍛えましょうか・・・ね

大晦日

波乱万丈の2007年も今日で終わりです
あと4時間を残すのみとなりました

今年は、特に多くの皆様方にお世話になりました
両親のこと、家のこと、妻のこと・・・・
枚挙に暇がないほどに、お世話になりっぱなしでした
本当にありがとうございました

今夜は、家族水入らずで
仮退院中の妻も気分が良くなったのか
顔色も良くなってきましたので
鍋を囲みました・・・佐賀豚での豚しゃぶしゃぶです

たっぷりの野菜と、健康によい豚肉は
マッチグーです
準備は子供達がしてくれて、後片付けは私です

昨夜の夜警の疲れが残っていますので
多少身体はだるいのですが
今夜は大晦日、あまり寝る時間もないようです
明日は、朝5時から予定が入っていますので
頑張らねばなりません

どうか、見かけても、飲みに誘わないで下さい
もっとも、3日を最後に再び禁酒します


2010年02月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28            

検索