8月6日午前8時15分・・・あれから62年
テレビの前で、黙祷をささげました
私は九州それも佐賀に住んでいますので
原子爆弾に関する記憶やその脅威、もろもろの思いは
広島よりも長崎のほうが強く印象に残っています
それは、小学校の修学旅行で長崎に行く事や
その距離の近さや、父たちの関係者にも被爆者がいることにも
関係があると思います
まだ、原子爆弾のことを良く知らなかった子どもの頃
テレビドラマを家族で見たいたときに
汽車で広島に着いた主人公が見た腕時計が8時15分を指そうとした時に
「8月6日の朝なんだ・・・」と両親が画面を見ながらつぶやきました
その時、原始爆弾が投下され、一瞬で町も主人公も消え
夏の暑さだけが、画面に残っていた事を思い出します
何もかも、全てを一瞬のうちに消し去っていく
その原因となる戦争、テロ、暴力を私達は許してはいけません
今朝のテレビを見ながら、その思いを強く持ちました
だからこそ、そういった脅威から家族や仲間を守るための
危機管理体制は、必要な措置であるとも思っています
