父は以前、鳥栖高等学校の教員を務めていました。
石川達三著の「人間の壁」事件の頃は、佐賀県高等学校教職員組合で
書記長をしており、まさに教職員労働闘争の真っ只中にいたということです。
高等学校教職員時代は、熱血教師として無鉄砲な事をやっており
どちらかと言うと「はみ出し教員」ではなかったかと思います
それだからこそ、また父を慕ってくれている生徒さんも多く
倒れた後も、「先生は・・・」と心配して頂き、嬉しく思っています。
今日も、四国香川県からわざわざ父に面会に来ていただきました
父も直ぐに判った様で、涙を流していました
30分ほどの時間でしたが、私にとっても嬉しい時間でした
